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私は、通勤のときも携帯音楽プレーヤーとヘッドフォンで音楽を聴いています。
この年齢で頭にヘッドフォンをのせて道を歩いていたり、電車に乗っていたりするのは珍しいのか、知った人に会うと、ちょっと驚いた顔をされることがあります(笑)。
こんなにいつも音楽を聴いているのは、私が無類の音楽好きだということもありますが、実は、それ以外の理由もあるのです。
今日は、その理由について、書いてみることにします。
昨年、NHKが放映した興味深いスペシャル番組の一つに、ある女性数学者の話がありました。
正確には「元」数学者というべきかもしれません。
昔なら女性が数学をしているということで、スペシャル番組のテーマになりえたかもしれませんが、スーザン・ランドールという美人で魅力的な宇宙物理学者がいるような今の時代では、そう大して珍しいことではありません。
では何がスペシャルかというと、数学界の将来を背負う人物と期待されていた彼女が、ある日突然、脳溢血で脳の左半分の機能を失ったのです。
脳の左半分といえば、いわゆる左脳であり、論理的思考をつかさどる部分です。
もっとも論理的な思考を要するが数学者が左脳の機能を失うのですから、ピアニストがすべての指を失うようなものでしょう。
実際、なんとか一命はとりとめることができ、ものすごいリハビリの努力で生活機能は取り戻しますが、数学者として決定的に重要な論理思考、計算能力は失われました。
発病の前は、私などはその意味すら理解できないような問題の証明をしていた彼女が、一桁の掛け算すらできなくなります。
「4×6は?」と訊ねられて考え込むさまは、痛々しいほどです。
しばらく考えた後、彼女は当惑したように答えます。
「だいたい30くらいかしら。」
その彼女がテレビ視聴者に向かって語ったことは驚くべきことでした。
「病から立ち直って感じたことは、信じられないことに、あふれんばかりの幸福感だったのです。」と語る彼女の顔は、けっして強がりを言っているふうでもなく、真摯で正直にありのままの自分を語る人のそれでした。
「それまでには気づくこともなかったような、自然のささいなこと、例えば風の音や、香り…。そして、その自然の中に自分という存在があることに、いいようのない幸福感を感じました」と彼女は言います。
生活機能を取り戻した彼女は、これまでの数学者としてのキャリアに戻ることはできませんでしたが、芸術の才能を開花させ、また、同じような立場の人たちを勇気付けるための講演などに力を注ぐようになりました。
これを脳科学的に見れば、番組の中で分析していたように、左脳の機能が失われたことによって、それを代替しようと右脳が活性化されたということなのでしょう。
そして、言うまでもなく右脳は芸術的才能や感覚、そして何よりも重要なことは幸福感と密接な関係があると言われています。
彼女の芸術的才能が開花し、自然に対する感覚が研ぎ澄まされ、これまで感じたことのないような幸福感を感じるようになったのは、まさにこの右脳の代替作用によるものなのでしょう。
考えてみれば、私たちの社会は、あまりにも左脳偏重社会です。
絵が上手なのはただの特技ですが、数学や語学の出来、不出来は将来のキャリアにかかわるほど重要です。
職場にいても、数字を合わせたり、物事のつじつまを合わせたりと、論理的な思考ばかり酷使し、右脳を使う局面はほとんどありません。
仕事に就いて給料を得るためには左脳が決定的に重要でしょうが、そればかり酷使して右脳を使うことを忘れつつあるために、次第に幸福感を得ることが難しい社会になっているのかもしれません。
それに今では、「幸福感」などという言葉を使っただけで、頭に電極をつけて修行をしていたあの人たちのように「イカレた」人たちというイメージを抱かれてしまうほど、主観的なものや、感覚的なものを意識から遠ざけようとしている節があります。
でも、よく考えてみると、生きることに幸福感を持つということは、生き続けていくための大きな力なのではないでしょうか。
ちょっと前に、ティーンエイジャーの男の子が「生きるのに疲れました」という書置きを残して硫化水素自殺を図り、助けようとした父親とともに亡くなった事件がありました。
大人になる前に人生に疲れるような社会とは、いったいどんな社会なのかと考え込んでしまいますが、それよりも、その子がどうしてもう少し幸福感を感じることができなかったのだろうと思ってしまいます。
その少しの幸福感さえあれば、明日も頑張ってみようかな、という生きる力を得ることができたかもしれないと思うのです。
毎年3万人を超える人たちが自ら命を絶っています。
その理由にはさまざまなものがあり、そう簡単には思いとどまれなかったものもあることでしょう。
しかし、その何割かは、少しの幸福感、少しの生きる力を持つことで踏みとどまれたかもしれません。
また、自分を取り巻くあらゆるものに絶望して、罪もない多くの人の命を奪う通り魔事件もいくつもありました。
これも、犯人が自分に少しでも幸福を感じることさえできれば、こんな、あらゆる点で無意味な暴力による死を防ぐことができたかもしれません。
危機的な自殺者数や凶悪犯罪の原因をすべて脳のせいにすることはできないかもしれません。
しかし、脳の使い方を少し変えてみるだけで、この「元」女性数学者が語るように、人生に対する態度がずいぶんと変わるのではないでしょうか。
「幸福感」は人から人へと伝わります。
私は道ですれ違う人の表情をよく見ますが、その人の表情から心の持ちようが見て取れます。
そして、本人が幸せで楽しそうな人の側の方が、その人の幸福感が伝わってきて、なんとなく居心地がよく感じます。
もちろん、不幸そうな人には本当に深刻な事情があってそういう表情をしている場合もあるのでしょうが、そうではなくて、単に心の持ちようでそういう不幸な表情になってしまった人も多いのかもしれません。
だとすれば、その人が心の持ちようを少し変えるだけで、その人の周囲の多くの人にも幸せの「おすそ分け」ができるかもしれません。
というわけで、私の無類の音楽好きは、できる限り右脳を使おうとする私の努力でもあるわけです(笑)。
皆さんは、右脳を使うために、どんな「努力」をして楽しんでいますか?
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