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がん研究の最前線を扱ったNHKの特集を観た。
アメリカのニクソン大統領がガン制圧を宣言したのが1970年代だから、それから40年近くがたっての「最前線」なので、「がんなどは恐れるに足らず」といった趣旨の話かと思ったら、その内容は絶望的なものだった・・・。
番組のきっかけは、立花隆氏に多発性膀胱炎が見つかり、本人からNHKに「番組にしてみないか」とコンタクトがあったことらしい。
多発性膀胱炎は、膀胱内に複数の癌が見つかるというもので、再発率が高く、かなりヤバイものらしいが、それですら番組のネタにしようというのだから、すごい。
それをきっかけに立花隆は、がんの研究について探究を深めるが、アメリカに何度も渡り、がん研究の第一人者たちにインタビューして得た結論を、番組の最後に本人が語っていた。
いわく…。
がんは手ごわい。
それはそんじょそこらの手ごわさではなく、半端なものではない。
1970年代にニクソン大統領ががんとの戦いを宣言して以来、がんのことを知れば知るほど、がんの手強さを痛感させられる歴史だった。
がんの手強さの生物・医学的説明が番組の中でわかりやすくなされていたが、突き詰めると、がん細胞はわたしたちが生物として持つ基本的な性質に根ざすものであり、それが決して異質なものではないということだ。
その証拠に、異物を排除する免疫を司るマクロファージですら、がん細胞が体中に転移することを手助けするのだという。
立花隆はアメリカのがん学会の会場で学者にインタビューしていたが、「がん征圧」にあとどのくらいの時間がかかるのかという質問に対して、ある学者は100年と答え、ある学者は50年と答えた。
ニクソンががん征圧を国家目標として掲げたときには、まあ、20年くらいあればなんとかなるだろうというのが相場観だったとすれば、100年という答えは、「絶望的」という情緒的な表現をとりあえず数字化しているだけなのかもしれない。
いずれにせよ、すでに69才の立花隆は、自分の人生の視野の中にがん征圧というのは存在しないと知る。
そして、日本のがん医療に携わる医者たちの会合に講師として招かれた立花は、自分は膀胱がんが再発しても、抗がん剤治療をやるつもりはないと、医師たちに面と向かって言う。
がん研究をそれなりに知れば、それが倒しがたい強大な敵であることを思い知らされる。
抗がん剤で、何か月か余命を伸ばすことと引き換えに、それまでの自分のQOL(Quality of Life 生活の質)をひどく悪化させることは、69才の私にとっては良い選択とは言えないというのだ。
並み居る医者の前で、「別に治療なんてしなくても、これでいいんだよ、私は。」と言えるような人生なのだろう。
ある意味、羨ましいことだし、理想的なことだろう。
がんと言えば、「命」という、実話をベースにした柳美里原作の映画があった。
才能はあるが奔放な人生を送ってきた劇演出家にがんが見つかる。
「あと半年だってよ。」と、ひと事のように柳に言う。
医者があれこれ説明しても、「そんなこと、別にどうだっていいんですよ。」というほど、自分の生に未練はない。
その彼が、柳が生んだ他の男の子供を自分の子のように育てるうちに、はじめて生に執着が生まれる。
映画の中では、あれほどひと事のように聞き流していた医者の説明に対して、「この子が言葉を喋れるようになるまででいいんだよ、一言、言葉を交わして死にたいんだよ、なんとかしてくれよ、先生!」と叫ぶ。
その理不尽なまでの身勝手さが、映画を観る者の心を打つ。
がんという病気ゆえに、どれだけの人がこのような達せぬ思いを残しつつ、この世に別れを告げるのだろうか。
がんの発生は、新たな細胞が傷口をふさぐのととても似たところがあるという。
生命活動の基本的な作用そのものという面ももっているのだ。
体を形作る大本の細胞である幹細胞とうり二つだという。
なので、長く生きている間に、ちょっとした「手違い」が起きるのは、ある意味、避けられないことだという。
人々の寿命がますます長くなればなるほど、がんと出会ってしまう確率は高くなるわけだ。
ただし、自分の人生の時間軸のどこら辺りでこの厄介なお客と会ってしまうか、誰にもわからない。
今晩、家に帰ってみたら、既に客間で待っているかもしれない。
あるいは、一度も会わずに済むかもしれない。
常に死のことばかりを考えるのもどうかとは思うが、こういう番組に接することで、やがて自分にも確実に死が訪れるという、普段は見て見ぬふりをしている事実を再認識することも、また、必要なことのような思う。
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