銀座のシンボルと言えば、和光の時計台を思い出す人は多いだろう。
テレビの街頭インタビューにしばしば登場することから別名マスコミ交差点とも呼ばれる場所で、和光が服部時計店の小売部門として営業を始めたのは、ネオ・ルネッサンス様式のこの建物を気に入って接収していたGHQが、その接収を解除してからだ。
この銀座公式WEBの紹介によれば、常務取締役(当時。後の専務取締役)の鵜浦典子は、「脈々と受け継がれてきた和光のお客様に対する思いと姿勢を継承し、役員として次代に伝えていらっしゃる方」だそうだ。
その「お客様に対する思い」は、その経営にいかんなく発揮されてきた。
小売業でありながら日曜日は休業し、「100万、200万円単位で買い物をする上客だけを相手にする殿様商売」をモットーとしてきたのだ。[1]
週末しか休みをとれず、恋人にプレゼントをするために一生懸命働いて貯金しなければならないような人たちは、そもそもお呼びでなかったということだろう。
東宝映画「ゴジラ」の第一作では、時計塔の鐘の音に怒ったゴジラが和光を破壊したが、このゴジラの怒りは、手に汗をして働く者を見下したかのような和光の尊大さにに対する庶民の怒りを象徴するものだったのかもしれない。
映画の中でのゴジラによる「破壊」に腹を立てた和光は、このビルを撮影することを以後2年間東宝に禁止することで仕返しをした。
子供のためのファンタジーにマジで怒り、撮影禁止という措置で報復する和光という会社は、日本の(名ばかり)名門企業の経営者の精神的幼稚性を人々に強く印象付けるものだった。
そして、そういう和光の「お客様に対する思いと姿勢」を「役員として次代に伝えて」きたのが、鵜浦典子・専務取締役だ。
今回の解任劇までは、セイコーHDの取締役も務めていた。
その、鵜浦専務の「次代への伝え」方はなかなかユニークだ。
次代の和光を担う幹部たちを、取引先の面前で面罵したり、気に入らないというだけで左遷人事を繰り返していた。[3]
「私の指示したことをなぜきちんとしないの」、「明日から来なくていいわ」と幹部を叱責する声が5階フロアに響き渡っていたという。[1]
労働組合長によれば、「退職や鬱病になった被害者は報告されただけで50人を超える」という。
事態の深刻さを重視した全日本金属情報機器労働組合は、2009年12月にセイコー側に対して団体交渉を突きつけたくらいだ。
次代に伝えるどころか、育てるべき次代を潰しているのだから、長期的視点に立ったときの会社にとっての損失は計り知れない。
さらに、今回の事件によって、セイコーといえば人々がパワハラを想起するほどに、世界のセイコーのブランド価値を大きく毀損したこの女取締役が、セイコーグループに残した爪痕は深い。
オリンピックをはじめ、青少年の健全な身体と精神の発達を目指す各種のスポーツイベントで誇らしげに時を刻むセイコーのロゴの裏に、多くの人々を心の病に追い込んで平然としているパワハラ経営が潜んでいたのかと思うと、日本人として、世界のスポーツ愛好家に対して恥ずかく思うのは、私だけではないだろう。
世界のセイコーを、なぜこんなパワハラ女が跳梁跋扈できたのかといえば、彼女の罵声が響き渡っていた和光5階の主、セイコーHD名誉会長の服部礼次郎(和光の会長兼社長)の「虎の威」を借りていたからにほかならない。
秘書室勤務だった彼女は、早くから同氏の「寵愛」を受け、2002年には和光取締役、2007年にはセイコー取締役に取り立てられ、「女帝」と呼ばれるまでになった。[1]
セイコーは創業以来同族経営を貫き、5代目の社長がこの服部礼次郎で、創業者・服部金太郎の孫にあたる。
服部礼次郎は4年で社長を退き、6代目以降の社長は一族以外の者を就けたが、服部礼次郎が、取締役でもない名誉会長の肩書で「グループ総帥」として君臨し、「院政」を敷いてきた。
そして、その「寵愛」をバックに「セイコーHDの社長ですら逆らえない存在」の鵜浦典子・取締役が権勢を欲しいままにしてきた。
元々、服部礼次郎の忠実な番頭だったセイコーHD会長兼社長は、二人の権力者に何一つ物が言えない雇われマダムに堕してしまっていた。
株主総会から選任された取締役ですらない「爺さん」が君臨し、その「威光」を笠に着たパワハラ女が多くの人たちを心の病に追い込むセイコーは、企業ガバナンスが根本的に欠如した企業だったということだろう。
このような呆れ果てた状況の中、誰もがこのままではヤバイと知っているセイコー・グループの抜本的改革の必要性は無視され続け、セイコーは凋落の坂を転げ落ちた。度々債務超過寸前に追い込まれたこともある。
子会社の和光にいたっては、今も17億円の債務超過の状態にあるという。[5]
映画の中では和光ビルはゴジラに破壊されたが、現実には、知らないうちに自らの内部に育った二頭のゴジラに内側から破壊されていたということだろう。
4月30日の取締役会で、この院政に楔が打ち込まれた。
服部礼次郎の忠実な番頭としていいなりになっていた会長兼社長が解任され、パワハラ雌ゴジラこと鵜浦典子取締役が非常勤の取締役に降格された。
服部礼次郎は、セイコーHDの取締役の肩書さえ持っていなかったので、解任の対象にすらならず、引き続き「名誉会長」の称号だけは持ち続けるという。
ただ、子会社の和光の会長兼社長は解任され、鵜浦典子は専務を解任された。
会社法によれば、取締役会は代表取締役としての解任ができるだけで、取締役そのもののを解任し、経営の場から追い出すのは株主総会の権限だ。
したがって、2頭のゴジラを完全に「退治」するためには、6月の株主総会を待つ必要があるということだろう。
代わってセイコーHDの会長兼社長に就任したのが、創業者のひ孫にあたる服部真二だ。
社長としては10代目に当たる。
さっそく、債務超過の状態にある和光の殿様商売の改革に取り組むなど、新風を送り込みつつあるかのようにに見える。
しかし、今回の解任劇は、問題の二人による背任の疑いが浮上したことにより、元検事総長の社外取締役である原田明夫取締役が提出した緊急動議に、当事者を除く過半数の取締役が賛成することで実現した。
この創業者一族の新社長就任は、劇的な解任劇による単なる棚ボタ就任のようにも見えなくもない。
実際、叔父である服部礼次郎とその虎の威を借る鵜浦パワハラ取締役による専横をこれまで許してきた人ではないかと言う人もいる。
その一方で、グループの改革に熱心と言われていた兄が、2006年にグループ企業であるセイコーインスツルの会長兼社長代行を、今回と同じように取締役会の緊急動議で解任され、放逐されたことがあって、同じ轍を踏まないように慎重に時機を見計らっていたのかもしれない。
単なる棚ボタ社長なのか、臥薪嘗胆の改革派なのかは、これからの一、二年を見れば明らかとなるだろう。
別な問題もある。
今回の新社長が真に改革を志向しているとしても、内なる「ゴジラ」が完全に追放されたわけではない。
これを見てもわかるように、服部礼次郎は、なお1割近くの株式を保有する大株主だ。
新社長が、叔父であり大株主でもある服部礼次郎の介入をどれだけ排除できるかは、なお未知数だ。
しかも、この一件の後も、服部礼次郎は「名誉会長」という肩書を持ち続けるという。
専横をほしいままにし、多くの従業員を心の病に追い込み、本人とその家族に耐えがたい不幸をもたらし続けたパワハラ経営の根源ともいうべき者に、名誉称号を与え続けるというのでは、過去の闇と真に決別する意志をもっているのか、甚だ疑わしい。
また、今回、新たに就任した社長が、「権力は腐敗する傾向を持つ」という格言を地で行って、将来、「第二の服部礼次郎」に化けてしまうかもしれない。そのときは、「第二の鵜浦典子」も近くにいることだろう。
周囲がイエスマンばかりの組織で創業者一族の威光を持つ社長として権力を振うのは、何とも心地よいものだ。
その心地よさに負けることなく、自らの意志でディシプリンを持ち続けるには相当の精神力を要する。
今度の社長は、そのように自らを律する力を果たして持ち合わせているのだろうか。
さらには、服部礼次郎以外にも、三光起業と京橋起業という服部家の資産保有会社が約2割の株式を保有している。
新社長自身がその一員であり、大株主であり続ける創業者一族の意向を忖度せずに、経営を行うことは事実上難しいだろう。
とすれば、セイコーが真に近代的な経営体制へと脱皮して、活力を取り戻すためには、創業者一族自身の自己変革が不可欠だ。
セイコーはもはや創業者一族の所有物ではなく、一株主として、他の株主たちと力を合わせて企業価値の増大は図る「資本家」へと脱皮しなければならない。
そのためには、セイコーブランドを大きく傷つけた今回のような一件が二度と起きることのないよう、企業ガバナンスを確固なものとした上で、経営者、従業員をとわず、ひろく優秀な者がセイコーを目指すような、活力ある組織へと変革させなければならない。
そのような努力の中で、セイコーの役員、従業員が進むべき道を見失いそうになったとき、創業家一族は、セイコーという企業が担って生まれたミッションを人々に思い起こさせる、精神的支柱であり続けなければならない。
機械式に固執するスイス時計を尻目に、世界で初めてクォーツ時計を実用化したセイコーは、グループ企業に高い技術力を持つ会社を抱えている。
残念ながら、このような技術者集団は、華やかな小売部門が優先される中で、冷や飯を食わされ続けてきた。
企業のブランド価値は、銀座の一等地に華やかな店舗を抱えるだけで得られるわけではない。
製品のクォリティーを支える確かな技術力、時代をリードする革新性、人々の心をつかまえて離さないデザイン性を培うことなく、銀座にきらびやかな店舗があるというだけで、人々の心がときめくことはない。
そして、何よりも大事なのは、そのロゴを表示する製品を所有することに、人々が誇りを感じるものでなければならない。
製品のロゴは、それを生みだした企業のすべてを静かに世に問うている。
創業者の思い、連綿と継承されてきた企業哲学、今の経営者が発信する経営方針、これまでの企業としての行いのすべてが、その小さなロゴに凝縮されているのだ。
ブランド価値とは、そういうものだ。
残念ながら、今の私の心が、Seikoのロゴにときめくことはない。
そのロゴを見るたびに、「あー、どれだけの従業員とその家族が、この女ゴジラのパワハラで辛い思いをし続けたのだろう、眠れない夜を明かしたのだろう」と思い、切ない思いが込み上げてくる。
将来、この新社長が真の変革者としてグループ改革を成し遂げ、セイコー・グループの従業員の一人一人が自分たちの製品を誇らしげに手に持ち、高く掲げることができるようになったとき、ひょっとすると私もセイコーの腕時計を買いに行くかもしれない。
そのときは、日曜日に営業をしている(はずの)和光で買うことにしよう。
そして、和光の従業員に、「ここって、映画でゴジラに壊されたとこなんですよね。」と尋ねてみよう。
その従業員が、「ええ、そうなんです。とても名誉なことですわ。」と言って微笑んでくれたら、「あー、セイコーは本当に生まれかわったんだなあ。」と、一人心の中でほくそ笑むことにしよう。