ギリシア危機に見る日本の行く末
2010年04月15日
放漫財政の結果、積み上がった借金の返済に窮しているギリシアの救済策が、先週の木曜日に合意された。
来月までに返済が迫っている115億ユーロ(約1.5兆円)の工面ができなければ、デフォルト(返済不能)という、ユーロ始まって以来の一大事となる恐れがあった。
それでなくてもリーマンショック後の経済運営や金融政策で頭の痛い各国にとってまさに悪夢のような事態は、とりあえず短期的には回避されそうだが、事はそれほど簡単な話ではない。
このギリシア危機は、ギリシアの15倍もの借金に押しつぶされそうになっている日本にとっては、決して対岸の火事ではない。
明日のわが身を想像するための貴重な事例として、私たちはそこからどんな教訓を学ぶべきなのだろうか。
一国家だけの財政破たんであれば、国債が暴落し、通貨が暴落し、ハイパーインフレとなり、これまで築いてきた国富がたちまち失われ、貧民国家へと没落するのはその国だけで済む。
しかし、ユーロ圏にはギリシアと似たり寄ったりのひどい状況の国がスペインを始めいくつもあるので、そのような国々に信用不安が次から次へと飛び火してしまったら、ユーロ経済圏全体の信用不安となるだろう。
そして、一体化の進んだ国際経済の中で、それはユーロ圏だけでは済まず、再び世界経済危機の引き金となるだろう。
今回のギリシア危機に際しても、なんであんな野放図でだらしないギリシアの連中のために、勤勉で倹約家の我々の負担で救済が図られなければならないのかとドイツ国民から激しいブーイングが起きた。
リーマン・ショックで傷んだAIGの救済に対しても、どうして国民の税金でウォール街の「デブ猫」を救わなきゃいけないんだという轟々たる非難がアメリカで沸き起こったが、これを放置すると、金融システム全体の恐慌を引き起こすとして、公的資金が投入され、救済が図られた。
ギリシア危機も同じで、ドイツの銀行が多額のギリシア国債を購入しているので、ここでギリシアがデフォルトに陥り、ギリシア国債が暴落すると、ドイツの信用不安、金融恐慌を招きかねないという恐怖があったので、結局はメルケル首相は屈するしかなかったのだろう。
このことについてドイツ国内では、メルケル首相が「ぶれた」と大きな批判が沸き起こっている。
そのような批判をかわそうと、ドイツ当局者は屁理屈をこねる。
合意された救済策で300億ユーロ(約3.8兆円)を上限として行われるギリシアへの融資の利率は5%(3年もの)程度と予想され[2]、ドイツが国債で資金調達した場合にはそれが3%で済むので、ドイツはギリシアに融資することで2%の利ザヤを稼げる。
だから、これはドイツ国民の負担によるギリシアへの「補助」ではないのだというのだ。
しかし、予想されている5%という金利は、現在ギリシアが支払っている3年もの国債の利回り(7%弱)よりも随分と優遇されているので、結局は「補助」ではないかと批判されている。
さらに、2%の利ザヤにしても、それはギリシアがきちんと借金を返してくれればの話であって、緊急融資にもかかわらずギリシアがデフォルトすれば、ドイツ国民はギリシアに踏み倒された借金をかぶらなければならない。
そのリスクが、とらぬ狸の皮算用の2%という利ザヤに見合ったものかどうかは、大きな疑問だろう。
事実、国際的な信用格付け機関のフィッチは、このギリシア救済策合意の直後に、ギリシア国債を一気に2段階格下げし、投資適格の最低ラインにしてしまった。
S&Pやムーディーズがこれに追随するのかどうか注目されるが、さらに事態が悪化して、あと一目盛でも格下げされれば、それこそ世界中の機関投資家はギリシア国債に投資することが、そもそも許されなくなってしまう。
それに、他のユーロ諸国がしぶしぶ緊急融資の約束をしたところで、ギリシア自身がきちんと財政再建の道筋をつけられなければ、危機の先送りをしただけで、何の解決策にもならない。
ギリシアの首相が発表した財政再建策に対して、国をあげた大ストライキで反対しているギリシア国民を見て、世界の機関投資家は、「こりゃ、ダメだわ。」と思い始めている。
フィッチの二階級特進ならぬ「特下げ」は、そういう世界の機関投資家の気持ちを代弁しているのだろう。
大方の見方は、今回のギリシア救済に向けての合意は、問題を先送りにし、いくばくかの時間的猶予をギリシア政府に与えただけで、ギリシア自身が財政再建のための激しい痛みに耐える決心をしない限り、何の問題解決にもならないというものだろう。
むしろ、先送りした分だけ、手にした時間的猶予と引き換えに、問題はさらに深刻化する危険があるということだ。
ギリシアの現在の政府債務残高は3000億ユーロ(約38兆円)だ。
そのうち今年中に返済が迫られるものは、四月までに必要な115億ユーロを含めて、320億ユーロ(約4兆円)ある。
しかし、危機が表面化して以来、ギリシア国債の利回りは高止まっていて、借金の借換えを行う度ごとに高い金利で借換えをしていかなければならない。
例えば、指標となる10年物国債は、救済策合意の翌日の9日でも7.3%前後で取引され、4日連続で7%を上回る水準が続いている[3]。
また、当面の資金繰りを支える短期債の利回りも跳ね上がった。
最近、資金管理庁が発行した1年満期の債権が4.85%、6か月ものが4.55%だった。 これらは、1年前はそれぞれ2.2%、1.38%だったものだ。[6]
利払い負担は倍以上になったということだ。
試算によれば[4]、ギリシアは、2010年の利払い費だけで141億ユーロ(1.8兆円)にも上るという。名目GDPの5.8%だ。
日本の名目GDPの規模に換算すれば、国債の利払いだけで約29兆円にもなる。
この調子で、高利貸しから高い金利で借りて、借り替えを繰り返す、ローン地獄のような財政運営を、ギリシアがどれだけ続けることができるのだろうか。
その結果は、それほど遠くない将来に明らかになるだろう。
そのときは、今回合意された救済パッケージでさえ不十分になものになっているだろう。
ギリシアへの緊急融資は、あくまでギリシアが「貸してください、お願いします。」と頭を下げて、初めて決定されるものだが、そのギリシアは、「今はそのつもりはない。」と強がりを言っている。
しかし、世界の機関投資家の信用は下がるばかりだ。
ミュンヘンを本拠地とし、世界最大の債権投資信託を運用するPIMCO(Pacific Investment Management Company)は、この短期債券の入札には参加しなかったと言われている[6]。
その理由について、同社のCEOであるEl-Erian氏は、「今回の救済合意は、ギリシアの真の危機に応えたものではない。」と言い切る。
もちろん、真の危機とは、高利による借換えを繰り返すことで、さらにギリシアの財政危機が深刻化し、支払い能力が底をつくということだ。
そして、その根底にあるのは、今回の合意では、ギリシア自身が財政規律を回復し、借りた金は返すという最低限の責任を果たすことを担保するための仕組みが何も示されていないということだ。
むしろ、「どうしようもなくなったら誰かが助けてくれるさ」というギリシア国民のだらしなさをますます助長することだろう。
これをモラル・ハザードと言わずして、何というのだろうか。
その意味で、通貨統合は危うい基礎の上に立つものだ。
共通通貨を使用し、それをヨーロッパ中央銀行が中央集権的にコントロールするものの、通貨価値の安定に不可欠な財政規律は各国政府次第だ。
たしかにEU財政安定成長協定(Stability and Growth Pact)というものがあって、単年度の赤字幅はGDPの3%以内、累積債務残高はGDPの60%以内に収めることを義務付けているが、イタリアはおろか、こともあろうに中心となるフランスやドイツでさえも、「とても、こんなもん、守ってられねー。」と公言したりして、道路の速度制限と同じような状態になっている。
ギリシアに至っては、統計までイカサマをして、蓋を開けてみれば2009年のこの数字がなんと12.7%に達していたという。
40㎞制限の道路を170㎞で走っていたことになる。
こんな違反まで見逃されるのだから、無法状態と言われてもしかたがない。
今回のギリシア危機をきっかけに、こんな無法状態さえ放置されるユーロという通貨を、本当に信用していいのだろうかと、世界の投資家たちが思い始めているのだ。
共通通貨でいやおうなく運命を共にさせられるのに、財政規律は各国任せという通貨統合は、そもそもモラルハザードを内在させた、無責任を助長しかねない仕組みだ。
「その日さえよければそれでよし」と人生をエンジョイし、いざ、カネに窮すれば、「困ったときはお互い様だよなー。」と周囲の者にたかって生きることをモットーとする国にとっては、なんとも便利な打ち出の小槌だ(笑)。
そんな国がそもそも自発的に財政規律を守ると考えているとすれば、それは性善説どころか、ただのお人よしでしかない。
財政規律というものは、大変な意志を必要とするものだ。
選挙民に耳触りのいいことばかり言っていたい政治家にとっては、最も難しいことだ。
それはドイツやフランスというヨーロッパを引っ張っていかなければならない国々にとってもそうなのだから、ましてや、意志の弱い、というか、まともな意志すら持ち合わせていない「その日暮らし根性」の国々の自主性に期待して財政規律を守らせようとしたことに、ヨーロッパ通貨統合の致命的な欠陥があったということだろう。
必要なことは、経済運命共同体の一員として、意志の弱い国々が駄々をこねて泣こうが喚こうが、否応なく財政規律を守らなければならなくなるような仕組みをシステムに内在させる必要があるということだろう。
翻って、わが国を見てみよう。
日本の普通国債の残高は2009年末で577兆円を超える[1]。ギリシアの約15倍だ。
日本の人口はギリシアの約10倍なので、一人当たりの借金額でみても1.5倍以上になる。
民主党政権になった2010年度は、過去最高の当初予算額で、新規国債発行額は税収を上回る44兆円。
2010年度予算に盛り込んだ事業や施策をそのまま継続した場合、2011年度の新規国債発行額は51.3兆円に達するという[7]。
国債発行額を30兆円以下に抑制するという公約を掲げて、曲がりなりにもなんとかそれを守りきろうとしていた小泉政権時代からすれば、今の姿は、やけっぱちになってサラ金から金を借りまくり、放蕩をしているかのようだ。
そこには財政規律という政治の意志のかけらも見ることができない。
その民主党は、2001年10月には公債発行額の限度を30兆円にする法律案を提出している[8]。
野党のときは、小泉首相の公約をパクって法案を提出しているのに、与党になった今、どうして同じ法案を提出しないのだろうか。
今の岡田外務大臣は、政調会長だった当時、「小泉首相も基本的には民主党と共通する主張をしているので、賛成していただけるものと確信している」という談話を出しているが、与党となった今なら自分の手で確実に成立させることができるだろう。
なぜ今は法案を提出しないかといえば、本当に成立してしまっては困るからだ。
民主党の公約というのは、一事が万事、そういう「こけおどし」なのだろう。
ギリシアにも劣る「だらしなさ」をいまだに続けることができるのはなぜか。、
ギリシアの国債の利回りが7%を超えるのに対して、日本の国債の金利は1パーセント台だからだ。
利払い費が年々増えているといっても、年間の利払い費は9兆7567億円、対名目GDP比率でも2%弱だ。
ギリシアよりもはるかに巨額の国債残高を抱えながら、どうしてこんな破格の条件なのかといえば、それは空前の低金利を甘んじて受け入れる日本国民の預貯金で大方が賄えているからだ。
そして、その多くは、個人から集めた預貯金で銀行や郵貯銀行が購入している。
普通預金は0.04%、1年ものの定期預金でも0.06%で資金を調達して、それを元手に国債を購入し、1.5%程度の金利を稼ぐので、20倍以上の儲けになる。
本来ならば、経済の血液として国富を生み出す企業に融資し、それで雇用と税収を生みだすというサイクルに使うべきカネを、やる気のない銀行は、安直に国債を買い続けることで、庶民の蓄えを使って、寝ているだけで20倍以上の利ザヤを稼いでいるのだ。
財務省の資料[9]でみると、国債保有者のうち銀行などの市中金融機関は63.2%を占めている。
国債の大半は、タダ同然で集めた金をそのまま国債で運用して20倍以上の利ザヤを稼ぐという「あこぎ」な連中によって買い支えられているのだ。
しかもその比率がじわじわと増えてるいる。そして、その増加分は郵貯と簡保だ。
国債増発のより多くのシェアを郵貯と簡保が担っているのだ。
当たり前といえば当たり前だろう。
そもそも企業融資に必要な審査能力のかけらもない人たちが国の信用をバックにカネを集めまくるのだから、運用先はバカでもできる国債くらいしかない。
国から見れば、頭がトロくて、ひたすら言うことをきき、黙って国債を買ってくれる便利な奴だということだ。
民主党政権は、その郵貯の一人当たりの預金上限額を、今の倍の2000万円に引き上げるという。
これに対して、銀行を中心に「民業圧迫だ」と大声を上げているが、その銀行とて、タダ同然で集めた金でそのまま国債を買い、何もせずに利ザヤを稼ぐという意味で、所詮、やっていることは郵貯銀行と大差はない。
何もしなくても20倍もの利ザヤを稼げる「おいしい」ビジネスを奪われたくないというだけだろう。
そんなことよりも問題なのは、国債でしか運用することのできないトロい奴らに、さらに金を集めさせることで、ますます国債を発行しやすくしてしまうことだろう。
これは、財政規律の強化とは、まったく正反対のことだ。
郵政民営化の大きな目的の一つは、財政投融資資金を絞るということだった。
国の信用で郵便局に金を集めさせ、その金を財政投融資資金を通じて無駄な公共事業や天下り団体のムダ金として使われることをやめさせようということだった。
そのときとまったく同じ仕組みが、国債の買い支えで、タガの緩んだ財政規律の問題の先送りをするために使われているのだ。
しかも、今度は郵貯だけではなく、銀行も参加する形で、国の金融機関を上げて放漫財政を支えているのだ。
こんなことはいつまでも続くはずがないと、誰もが知っている。
知っていても、誰も危機を避けるための行動を起こせないのだ。
郵貯も銀行も、黙っていて金がもうかる麻薬に頭も体も侵され、完全に中毒になっている。
野党時代に国債発行を30兆円以下に制限する法案を出した民主党は、政権についたとたんその5割増しの国債を発行する。
しかも、財政を均衡させる見込みはまったくないにもかかわらず、任期中は消費税の引上げはしないという。
それは、政治の意志などではなく、無責任さそのものだろう。
そうやって、国を挙げて買い支えてきた国債の購入原資も、そう遠くない将来、底をつく。
2009年度末の国と地方の長期債務残高は825兆円。
国と地方の長期債務残高も900兆円台目前となるだろう。
これに対して、日本国民の預貯金が約1400兆円。
まだ余裕があるように見えるかもしれないが、見かけほど楽観的な状況ではないことは誰もが知っている。
本格的な高齢化が進む中、貯蓄率はマイナスへと向かうだろう。
それに、そもそも預貯金がすべて国債に使えるわけではない。
企業や個人への融資にも回されるべきお金だ。
また、国民も、今のように黙って預金し続けるとは限らない。
「怪しい」と思い始めれば、自分たちの資産保全を第一に考え、資金を他の通貨や他国に移転するだろう。
事実、ギリシアでは市中銀行からの預金引出しが顕著になっているという。
統一通貨ユーロで預金していてもこれなのだから、円が大幅に下落し、国債が紙屑同然になるおそれを感じたら、日本人もギリシア人と同じことをするだろう。
国民のカネで国債を買い支えることができる限界はいくらなのか。
それが1000兆円か、1100兆円なのかはわからないが、いずれにせよ今のままでは早晩その水準に達することは確実だ。
滝に向かって川面を進む船に乗っている人たちが、あと500mなのか1000mなのかを議論しているのと同じだ。
今大事なことは、どちらが正しいかを議論することではなく、一刻も早く船が滝壺に落ちないような回避措置をとることだろう。
財政規律のタガが緩んだまま、日本人の貯蓄で国債を買い支えるという自給自足システムが立ち行かなくなったときは、確実に日本経済の崩壊の足音が聞こえてくるだろう。
国債が暴落して紙屑になり、国債の調達金利が大幅に上昇し、国家予算のほとんどを利払いに充てないと、国債の借換えすらできなくなるだろう。
円は暴落し、物価上昇はほとんど垂直に上昇するだろう。
資金の急激な流出によって経済が崩壊することを防ぐために、預金の払い戻しを停止するかもしれない。
こんなことをすれば、信用崩壊だが、短期的には背に腹は代えられず、踏み切らざるをかないだろう。
戦後のどさくさのハイパーインフレで、貨幣価値はあっという間に60分の1になったという。
老後資金として貯めていた3000万円の蓄えが、わずか50万円になってしまう計算だ。
贅沢はできないものの、そこそこの老後を期待していた人たちの夢は、無残にも打ち砕かれることだろう。
今のギリシアに財政規律を期待できないのと同様に、今の日本にも財政規律はまったく期待できない。
絶対に勝てるはずがないと、まともな人なら誰でも知っていたアメリカとの戦争を止めることができなかったように、結局は国家破綻の道に突き進むことになるのだろう。
その先は、ギリシアと同じか、より厳しい国家のローン地獄だ。
ギリシアの15倍という途方もない金額の日本のローン地獄を救済できるような力は、IMFも含めてどこにもないだろう。
世界中の国々は、困ったことになったものだと思いつつも、肩をすくめて見守るしかない。
あらゆる公共サービスは大幅に削減か、廃止されるだろう。
健康保険や失業保険、生活保護、年金と、あらゆる社会保障がないにも等しい状況になるかもしれない。
そもそも、公共サービスを担う公務員を雇い続けることすらできず、多くは辞めてもらうしかないだろう。
景気は見るも無残な状況になるが、景気対策のための金などどこにもない。
その結果、高い失業率と、通貨暴落による猛烈なインフレ。
給料をもらったらその日のうちに使わないと、数日後には紙屑になるだろう。
そもそも給料をもらえること自体が幸運というべきかもしれない。
これまでのささやかな蓄えは無に帰し、明日をも知れぬ絶望に自殺者の数は跳ね上がるだろう。
あの戦後のどさくさのときでも、なんとかやってこれたのだからと人は言うかもしれない。
でも、あのときは、将来への希望と、夢があった。
軍国主義が崩壊し、新たな民主国家を建設するという目標があった。
しかし、今あるのは、出口の見えない没落と衰退だ。
そんな中で迎えるローン地獄の最終章は、年老いた国民には辛すぎるものがあるだろう。
財政規律を守るのは、とても難しいことだ。
特に民主主義国家にとっては至難の業だ。
戦後日本のように、自己を律する国家意志のない国にとっては、ほとんど不可能だろう。
それは、この失われた20年政権のを治めた自公政権と、政権交代を経て政権についた民主党ほかの連立与党を見て、大方の国民は悟りつつある。
日本という国は、自らを変えることはできず、結局は破局に突き進むしかないのだ。
今回も、おそらくはそうなるだろう。
結局のところ、日本人は破局を通じてしか学べない国民なのかもしれないと思う。
この漠然とした諦念が杞憂なのか、やはり真実だったのか。
この民主党政権の残りの3年で明らかにされることだろう。
[1]国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(平成21年12月末現在)
http://www.mof.go.jp/gbb/2112.htm
[2] Greece debt deal boosts euro value (BBC)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/8614782.stm
[3]ギリシャ国債、金利上昇続く 信用低下で預金流出も(asahi.com)
http://www.asahi.com/business/update/0410/TKY201004100109.html
[4]調達金利の高止まりがギリシア財政に及ぼす影響(第一生命経済研究所 2010年4月1日)
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/hata/pdf/h_1004b.pdf
[5]財政安定には3世代かかる(小林慶一郎「ザ・コラム」- 朝日新聞 2010年3月31日)
[6]Greece bond issue clears test of investors' confidence (BBC)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/8617017.stm
[7]国債「11年度は51兆円」(朝日新聞 2010年1月28日)
[8]「小泉さんも当然賛成?」~国債発行額を年30兆円以下に抑制する法案を提出(民主党)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=2259
[9]その他国債管理政策関連データ
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/saimukanri/2009/saimu03-2d.pdf
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