時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


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 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
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民主主義を見殺しにする傍観者たち

2009年10月01日

 最高裁判事の国民審査から一か月が過ぎ、そろそろ「ほとぼり」が冷めた9月30日、最高裁は先の参議院選挙を合憲とする判決を出した。
 一票の格差が最大4.86倍という状態は「違憲状態」だが、「違憲」ではないという、およそ常人には理解できないその判決は、エリート事なかれ主義、傍観主義を代表する最高裁らしい、まったく見事な判決だった。

「民主主義は最悪の制度である。」と言ったのは、民主主義発祥の地イギリスの首相、チャーチルだった。
 もっとも、彼は、この言葉に続けて「ただし、これまで試されたあらゆる制度を除いて。」と付け加えることを忘れなかった。
 なので、60年代から70年代にかけて、社会にとんでもない迷惑をかけながら独りよがりの「自分探し」に明け暮れ、結局それに代わる何の秩序も思想も残せなかった全共闘世代が言うところの「戦後民主主義の否定」とは違う。
 むしろ、「結局のところ、民主主義が一番なのだよ。」ということを、イギリス紳士風にひねくれて言ってるだけのことだ。イギリスは、そのことを400年かけて納得したんだよ、と。

 イギリスが400年かけて納得したものを、高齢者の仲間入りをしようとしている全共闘世代の人たちは、日本に民主主義が憲法秩序として導入されてわずか20年そこらで「否定」しようとしたのだ。
 自分たちはイギリス人より20倍賢いと思っていたのか、ただのせっかちだったのかは知らないが、それにしても、この人たちは、何に突き動かされていて、それほどまでに生き急いでいたのだろうか。

 ただ、彼らの背中を見ながら育った者として、「先輩たち(セクトの思想ロボットたち以外)」に心から共感することは、日本では、民主主義が、イギリスのそれと比べて、治める側だけに都合がよく、どうしようもなくみみっちいものに矮小化されてしまったということだ。

 55年体制の下、結局のところ自民党が多数を握ることは動かせず、それに抵抗するポーズでしか自分の存在意義を示せない野党たち。
 言論の府での議論は形式に堕し、多数党が多数を握っていることを確認するためだけの採決だけが民主主義であるかのような国会運営。
 野党からの質問は労組との団交みたいなもので、やり過ごしさえすればいい「うざい」時間でしかないとでもいいたげな、自民党指導者たちの態度。
「強硬採決」ですら、あらかじめシナリオどおりに進められる欺瞞。

「国会座」の「言論芝居」のあまりの不真面目さに絶望して、国会に突撃する「先輩たち」の心理は、痛いほど分かった。
「ああ、俺も早く大人になって、国会に突っ込んでやりたいぜ。」と思った「予備軍」も沢山いただろう。

 60年安保闘争では、とうとう本当に突っ込んでしまったが、いざ突っ込んでしまった学生たちはどうしていいかわからず、ブラブラしていたという。そして、他にすることがないので「仕方なく」、国会の正面玄関で立ち小便をした。
 いたくプライドを傷つけられた代議士センセイたちは、議会制民主主義を冒涜するものだと青くなって怒ったという。
 それを聞いて、「冗談じゃないぜ。」と思った者は、全共闘シンパに限らず多かった。
「そんな体たらくで、言論の府が聞いてあきれるぜ。しょんべん掛けられて当然じゃないか。」
 フツーの私たちでさえ、そう思ったものだ。

 幸いなことに、今は、堕落した言論の府に抗議するために、国会に突入して、正面玄関で立ちしょんべんをする必要はない。
 緊張感のない政党を、権力の座から蹴り落とすことが、名実ともにできるようになったからだ。
「最悪の制度」でも、それくらいのことはできるようになったということだ。

 その力はどこから来るのか。
 それこそが一票の重みだ。
「最悪の制度」の最低限の政治的正当性の根拠が、国会に自分たちの代表者を送り込む権利が、国民に等しく与えられているということだ。

 憲法第14条は、「すべて国民は、法の下に平等」だと規定する。
 ある人たちの一票の価値が、別の人たちの5分の1でしかないということは、誰がどんな屁理屈をこねようが、法の下に平等ではない。
 そんな、小学生ですらわかるようなことを、憲法から司法権を託されている「いい歳をした大人たち」がわからないばすがない。
 彼らは、国民が付託する権限と責任から逃避しているのだ。

 統治行為論というものがある。
 最高裁判事が、責任から逃避するときにいつも持ち出す「理論」だ。
 わずか15人しかいなくて、しかも国民から直接選ばれたわけでもない俺たちに、そんなヤベーことはできねーよ、という「理論」だ。
 今の議員センセイたちが勝った選挙を無効にするなどという「ヤベー」判断を迫られたときに、この人たちはいつもこの「大理論」を持ち出しては責任逃れをしてきた。
 そして、「違憲状態」だけど「違憲」じゃないという意味不明な屁理屈の体系ばかり磨いてきたのだ。

 国家権力を構成する三権の一つを預かり、憲法の番人としての責務を負っている人たちが、テキトーな理屈をこねて責任逃ればかりしている国家は、果たして法治国家と言えるのだろうか。

 私たち日本国民が、わずか15人に憲法の守護神としての権限と責任を付託しているのだからこそ、その15人は、持てるすべての良識と責任感で、後世に胸を張れるような明快な判断をして、その責任を全うすべきだったのだ。
 これでは、学園闘争時代の日大で、そして東大医学部で、まったく非常識な強権主義で学生や研究者たちを抑えつけようとした戦前の亡霊のような権力者たちの前で、研究室に逃げ込むばかりで声すら上げようとしなかった事なかれ主義の教授たちと同じではないか。

 今が全共闘時代ならば、「おい、兄さんたちよ。お前ら、場所を間違えてるぞ。突っ込んでしょんべんひっかけてやるなら、国会じゃなくて、最高裁判所じゃねえか。」と言ってあげるべきかもしれない。

 民主主義にとっての真の脅威は一部の暴力主義者などではない。
 一部の暴力主義者の頭でっかちな暴力などは、民衆の激しい怒りの前には無力だということを私たちはいやと言うほど見てきた。

 民主主義にとっての真の脅威は、民主主義を内部から腐らせる者たちだ。
 それは、国会での言論を担う者たちや、最高裁判所で憲法を守るべき者たちが、その責任を果たそうとせず、民主主義を形骸化させることだ。
 それによって、多くの国民が、民主主義とは治める者だけが都合よく利用できるアリバイづくりのための制度だと思うようになり、チャーチルが付け加えた「ただし書き」なしで、民主主義が最悪な制度だと思い始めることだ。

 今度の判決では、15人の裁判官の3分2に当たる10人の裁判官が合憲の判断をした。
 その合憲という判断は、民主主義を守るという国家で最も崇高な使命の一つを付託された者として、主権者である私たち一人ひとりに恥じることなくちゃんと顔を向けることができる判断だったのだろうか。
 もしそうだとすれば、国民審査が終わってから、こそこそと判決を出すような姑息なことをせず、なぜ、先の総選挙の前に堂々とこの判決を出し、国民審査と正面から向き合わなかったのだろうか。

 全共闘世代から学んだことの一つは、あのお兄さん、お姉さんたちが全身全霊で憎んだズルい大人たちを見て、「あんな大人にはなりたくないな、俺も。」と思ったことだ。
 そんな大人が、あのエキセントリックな形をした建物の中に10人も生き残っていたのかと知って驚いたのは、私だけではないだろう。




【最高裁判事15人の判断】
■合憲と判断した裁判官
竹崎、藤田、甲斐中、今井、堀籠、古田、涌井、桜井、竹内、金築

■違憲と判断した裁判官
中川、那須、田原、近藤、宮川

(出典)東京新聞 2009年10月1日


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