Timesの報道によれば、事の顛末はつぎのとおりだ。
ビートルズの出身地、イギリスのリバプールに住む11才の少女のiPod Touchが、あるとき、とても熱くなり、煙を吐き出した。
あわてて父親がドアから外に放り出すと、約30秒後に爆発。爆発でiPod Touchは3メートル以上も飛び上がったという。
問題は、これからだ。
父親が販売店やアップルに連絡したところ、さんざんたらい回しをされた後、やっと責任者と話すことができた。
すると、アップルから書面が送付されてきた。
ところが、そのアップルの書面は、責任を否定するばかりでなく、iPod Touchの代金を返金する代わりに、「この件について一切秘密にすること。違反した場合には、損害賠償や訴訟費用を請求すること。」に同意することを求められたという。
初代iPod Nanoを持つ私は、自他とも認めるiPodファンだ。いや、だったと言うべきかもしれない。
それは、もちろんiPodが便利だからだが、決してそれだけではない。
アップルという企業、そしてスティーブ・ジョブスという経営者が体現する価値観に共感をおぼえていたからだ。
徹底したユーザー志向、既成の体制に対する反逆、清潔さ。
アップルが持つこういうイメージは、製品の大きな付加価値となっていた。
それゆえに、iPodで音楽を聴くというライフスタイルを快いものと感じることができたのだ。
この記事が報道する内容は、そんなアップルやスティーブ・ジョブズに対するイメージを根底から覆すものだ。
顧客が「法律弱者」であることをいいことに、あたかも法律上の権利行使のようなフリをして実質的に脅迫するやり口。
危険性を積極的に注意喚起することで新たな被害者を防止するどころか、企業秘密や経営上の秘密を盾に隠蔽を図ろうとする体質。
こういったことは、これまで多くの人がアップルに対して抱いたイメージとは対極にあるものだ。
人々が「あくどい企業」に対して持つイメージそのものだ。
先日、これまで愛用してきた初代iPod Nanoが壊れた。
この記事を読んだのは、次もiPod Nanoにしようかなと考えていた矢先だった。
しかし、iPodを買うことは、今回は見送ることにしようと思う。
それは、iPodが爆発する危険性を持つからではない。
このニュースに現れたアップルの企業としての姿勢を知ることで、この会社を信用できなくなったからだ。
iPodで音楽を聴くということが、以前ほどには快くはなさそうだからだ。
しかし、今回の一件を、私一人がiPodを買うことを辞めることだけで済ませてはならない。
来る10月には、消費者庁が発足する。
しかし、消費者庁が発足するだけで、今回のアップルのように、法律の力を武器にした大企業に対して、消費者の権利は本当に守られるのだろうか。
例えば、行政機関に対する情報公開請求についても、企業秘密を理由に役所は情報公開を拒んできた。
企業が天下り先となっているために、そもそも各省庁が企業よりの姿勢をとる。そのうえ、情報公開法自体が企業秘密を開示拒否理由としている。
勝手に情報を公開するとその企業から訴えられる可能性すらあるのだ。
このように、企業にとって「不都合な真実」を隠蔽することを、法律が「権利」として認めているようでは、消費者の実質的な権利など守りようがない。
実際、アメリカでも、これまで度々問題になってきたiPodの発火事故について、アメリカの記者が、消費者安全委員会(CPSC)に対し報告書の開示請求を行ったところ、アップルの弁護士が執拗に適用除外を迫ったために、何か月もその報告書を読むことができなかったと、上記記事は書いている。
日本の記者は、大事な広告主の不利になるようなことはそもそもしないのか、そんなことは一度もなかったし、仮にそういう請求がなされても、物分かりのいい役所が当然のように不開示決定をすることだろう。
そもそも、今回のアップルの一件に関する報道も読んだ記憶がない。
人が作ったものである以上、不具合が出ることは、ある程度仕方のないことだ。
しかし、それを巡る対応で、法律の力を武器にして弱い立場の市民を脅迫し、挙句の果てには事実さえも隠蔽するようなことをする企業に対しては、社会は厳しいペナルティーを加える必要がある。
そのためには、消費者自身が賢い選択をする必要があるし、法制度も、本来は弱い立場の市民をまず第一に守るべきものなのだから、法律を武器にして企業が横暴な振る舞いをすることを認めないものにする必要がある。
ただ単に消費者庁という組織を作るだけでは、消費者の権利を守ることはできない。
アメリカでは好き放題できても、決して日本では今回のような横暴は許されないということを、世界に示してほしいものだ。
それこそが、世界中で先進的な工業製品を売って国富を生み出す国の矜持だろう。