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鳩山総務大臣が、今の政治には正義が通らないと嘆き、自らの政治信念を曲げることはできないと言って辞任した。
政治における正義と信念。
鳩山大臣の辞任に際して、もう一度きちんと考えてみる必要があるだろう。
日本の政治・経済のレベルの格差を表現するのに、「経済一流、政治二流」と言われる。
経済が一流かどうかはよくわからない。バブル期以降の経済界を見る限り、本当に一流なのか、はなはだ疑わしい。
一方、日本政治は、ここ十年、二十年で見れば、そのレベルダウンは目を覆うばかりかもしれないが、明治の開国以来の長いスパンで考えれば、決して二流などではない。
誰が見ても一流だ。
アジア諸国が、欧米列強によって切り刻まれ、植民地となっていく中で、信じられないような富国強兵を成し遂げたのも日本だし、あの戦後の灰の中から、今の日本を築き上げたのも日本だ。
例えば、明治間もない頃に欧米を視察した岩倉視察団の驚きを想像してみてほしい。
既に産業革命を成し遂げ、圧倒的な経済力と軍事力を持つ欧米を目にしたときの恐怖は、たとえようのないものだっただろう。
当時の欧米は、今のような平和主義の国々ではない。隙あらば軍事力で相手をねじ伏せ、属国化しようとしている帝国主義の国々だ。
欧米の圧倒的な経済力と軍事力を直接見た岩倉は、おそらく夜も寝られなかったのではないだろうか。
この国々が明日にでも日本に攻め込んでくれば、当時の日本では赤子の手をひねるようなものだっただろう。
それが、わずか30年そこらで、イギリスの手助けがあったとはいえ、ロシアのバルチック艦隊を撃破するまでになったのだから、
戦後の経済発展は、経済の力だと言うかもしれない。
しかし、多くの発展途上国が、政情不安や腐敗した政治のせいでなかなか持続的な上昇軌道に乗ることができなかった中、日本はいち早く自立的な成長軌道に乗ることができた。
日本が、当初の目標をはるかに上回る実績で所得倍増計画を成し遂げた1970年代ですら、中国は文化大革命で国内の知的、経済的な基盤がずたずたにされていたし、韓国でさえ朴正熙の独裁政権だった。
まして、他のアジアの国々は、腐敗と汚職にまみれた政治で、経済成長どころではなかった。
もちろん田中金権政治は、戦後政治史の中でも特筆すべき腐敗政治だったかもしれない。
しかし、文化大革命で、なんの罪もないどころか、今後の中国を背負って立つべき人たちの多くが殺されるという、国家建設の上で取り返しのつかないようなことをするような政治に比べれば、その罪の深さは比べようもない。
隣の韓国のように南北で分断されることもなかったという幸運もあるが、日米安保条約のお陰で野党が非武装中立論を唱えることができるほど平和を謳歌することができた。
それも、1960年の安保条約の改定で、それまでの敗戦国、被占領国としての片務的な条約ではなく、少なくとも条約上は対等の関係で、アメリカ同盟国として平和を享受することができたのだ。
この安保条約の改定は、今なお多くの人の記憶に残るように、国を挙げての安保反対闘争の中、時の岸総理が、独立国家として恥ずべき旧安保条約を改定しなければならないという強い信念のもと、それこそ四面楚歌の中で、自らの信念を貫き通したものだ。
孫の安倍元総理でさえ、子供なので意味もわからなかったとはいえ、おじいさんの岸総理の前で、窓の外から聞こえる「あんぽ、はんたい。」という声に合わせて行進していたという。
東大の女子学生の死という痛ましい犠牲をもたらした安保闘争の闘士が、岸総理の葬儀に参列し、「岸さん、あなたは正しかった」と述懐したという。
政治の正しさが歴史によって証明されるとは、こういうことを言うのだ。
冷徹に国益を考え、そのためになすべきことを見通した上にこそ、歴史の証明する政治の正しさがある。
それに引き換え、このような冷徹な思考に基づかず、安易に正義だの信念だのを振りかざす連中が、勝ち目のない戦争に国民を引きずり込み、大陸で結局は私利私欲を追求して国益を踏みにじる軍部のような連中になってしまった。
そして、当時の政党政治や大新聞は、それを身を賭して止めるどころか、火に油を注ぎ、多くの国民までも「東条、なぜ開戦しないのだ」と大声を上げる有様だった。
去る人のことを、いまさらあれこれ言って叩いても仕方のないことだろう。
しかし、「国民の7割が自分を支持している」といって、今の政治に「正義」が通らないとか、自らの「政治信念」を曲げることはしないなどという言葉を、自他とも認める「大物政治家」が軽々に口にして恥じない安っぽい政治文化を目にして、今後の日本政治を憂う人は多いだろう。
誰が見ても、日本政治の歴史は一流の歴史だ。
そして、経済は、政治あってこその経済だ。
この一流政治の伝統に相応しい一流の政治家を、多くの国民が、心の底から渇望している。
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