時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


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 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
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政策の「使い捨て化」を促進する幼稚な二大政党国家

2009年06月09日

 毎日新聞(6月9日)によれば、民主党は国民新党との間で郵政民営化の見直しで合意したという。
 郵政民営化で自民党が大勝した4年後に、今度は郵政民営化の巻戻しを掲げる国民新党の力を借りて、民主党が政権獲得を目指している。
 二大政党制とは、政策のシーソーゲームという不毛をもたらすだけのものになってしまうのだろうか。

 オーストリア生まれの哲学者カール・ポパーの言葉でよく引用されるものに、民主主義の定義に関するものがある。
 それによれば、民主主義とは、有権者の「気まぐれ(whim)」で政権を交代させることができる制度だとされている。
 いくらポパーでも、気まぐれで政権交代をさせることを積極的に奨励しているとは思えないので、おそらく、民主主義という以上、たとえ気まぐれであっても有権者が政権を変更することができ制度でなければならない、という趣旨なのだろう。
 その底流にある考え方は、「権力は堕落する傾向にある」ので、堕落の兆候が見えたらたちどころに政権を取り上げられるという緊張感を時の与党に与えるため、たとえ気まぐれであっても政権を容易に交代できるくらいの絶対的な権力を有権者に与えるという、有権者絶対主義なのだろう。

 その意味で、「詳細は詰まっていないが、とにかくやらせてみてくれ」という民主党の主張も、あながち理不尽なものではないのかもしれない。
 しかし、対立政党が、有権者の「きまぐれ」につけこんで政権を取ることばかり考えるようになると、国民は大きなツケを払うことになる。
 そのひとつが、政策の「賽の河原積み」化だ。

 有名なものとしては、例えば、イギリスの国営化政策があった。
 労働党政権になれば主要企業を国営化し、保守党政権になれば民営化する。大企業を買ったかと思えば、またちょっとしてから売り払ってしまうということを、少し前まで繰り返しを続けてきた。
 さすがに、トニー・ブレアの労働党改革でそれを止めると宣言したが、似たような事例は他の国にも沢山ある。
 そして、郵政民営化が新たな事例を提供することになってしまうのかもしれない。

 民主党と国民新党の合意の具体的内容がどういうものかは、毎日新聞の記事からはよくわからない。
 今の時点であまり内容をはっきりさせ過ぎると、政権交替を目前にして、国民新党とガタガタするかもしれないし、党内の亀裂を生むかもしれない。悪くすれば、国民の失望を買ってしまうかもしれない、ということだろう。
 国民新党は、郵政民営化に反対して当時の自民党の家主だった小泉総理から勘当された人たち集まりなので、小手先の「見直し」では納得しないだろう。かといって郵政民営化の完全なキャンセルであれば、民主党内にいる(はずの)改革派が納得しないだろう。
 なので、具体的なプログラムが出てくるまでは何とも言えないが、仮に、「肥大した官業のスリム化」という考え方自体を放棄するのであれば、日本が成熟した市場経済国家として成長するために必要な基本的な政策プログラムを放棄することに変わりはなく、ここでも政策の賽の河原積みが発生することになる。

 日本は世界に冠たる「使い捨て」国家だ。
 割りばしや紙コップは言うまでもなく、わずか2、30年で使い物にならなくなる住宅も使い捨てのようなものだ。
 街だって、郊外に大きなコンクリート造りのショッピングセンターを乱立させて、旧市街の商店街は使い捨てられている。
 最近は、「選挙の顔」程度の使い道しかない総理も、数か月で使い捨てだ。
 そして、今度は、政権交代が現実のものになることで、政策すら使い捨てされるようになろうとしている。

 郵政解散総選挙では、小泉総理が巧みに繰り出す「構造改革」、「抵抗勢力」といったワンフレーズのわかりやすさのおかげで、自民党は大勝した。
 あれから4年、その日暮しの生活を強いられ、未来に何の希望を持てない若者が増え、格差の拡大と「乾いた」自己責任主義ばかりがはびこるように見える中、今では多くの国民が「あれは一体何だったのだろうか。」と内心忸怩たる思いで自問している。
 このことから有権者は何を学ぶべきなのだろうか。

 政治課題をわずか数文字のフレーズに集約してしまう単純化は、「わかりやすい」というメリットがある一方で、安易な「レッテル化」が横行することになりかねない。
 本来議論の場でなければならない政治の場でのきちんとした議論でさえ、たちどころに「抵抗勢力」というレッテルを貼られ、「悪者」にされてしまうことで、政治がきちんと考慮すべき意見まで抹殺されてしまうからだ。

 このような政治のレッテル主義のおかげで、きちんと考慮されるべきことが考慮されないため、一時の「狂熱」が去ってしまうと、問題点ばかりが目につき、「なんでこうなったのか。」と自問するはめになるのだ。
 熱烈な恋愛の末に駆け落ちしてみたはいいものの、すぐに熱が冷めてしまうと、「なんでこんなのと一緒になったのだ。」と思うようなものだ。
 その結果、今度は、「坊主憎ければ袈裟(けさ)まで憎い」とばかりに、過去の単純全否定に走ってしまう。

 政治にはパッションとか、「勢い」が必要かもしれない。
 特に政権交代を実現しようというときには、そうだろう。
 しかし、政治への情熱が、多様な議論と冷静な頭(クールヘッド)でバランスされなければならないと、政策の使い捨てが行われ、賽の河原積み国家へと堕してしまう。
 パッションに支えられた生み出された政策の中から、クールヘッドで、何を改め、何を改めてはいけないか、きちんと取捨選択できることが大事なのではないだろうか。
 その意味で、政権交替の予感に浮かれた民主党が、このクールヘッドを保っているのか疑わしく感じている国民は少なくない。


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