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遅きに失した小沢辞任で、来るべき総選挙後の衆議院勢力分布予想が大幅に修正を余儀なくされる中、文芸春秋六月号に、遠藤浩一・拓殖大学大学院教授が「総選挙緊急予測」と題して興味深い論稿を寄せている。
結果自体は特に意表を突くものではないが、至極もっともに思える予想をきちんとした分析で提示し、さあ、どうするのかと考えさせるところに、大きな意義がある。
遠藤教授の予測の要約は、次のとおりである。
①民主党は比例選挙を中心に大幅躍進するものの、「小沢効果」もあって小選挙区では期待ほどには伸びず、結果的には議席を減らした自民党にさえ届かないだろう。
②他の野党を加えた野党の合計でも、自民、公明の両党の合計には足らず、与党は単独過半数を維持するだろう。
③与党、特に自民党は、小泉チルドレンのほぼ全滅などにより大幅に議席を減らし、微減の公明党を加えてもかろうじて過半数を維持するだけで、衆議院の再議決に必要な3文の2を維持することはほぼ絶望的だろう。
一時は民主党に大幅に楽観的な予想が出されていたので、ひょっとすると民主党が衆議院第一党になるのではないかと言われた時もあったが、今やそれはほぼ絶望的なのは誰の目にも明らかなので、これらの結論は、大方が「まあ、そんなもんだろう。」と思えるものだ。遠藤教授の分析は、そういうことを得票数の積み上げ予測できちんと提示してくれたわけだ。
これらの遠藤予測と、参議院では総選挙後もなお野党が過半数を制しているという事実を併せ読むとき、日本政治の未来予想図は極めて暗雲の垂れこめた状況になる。
衆参はねじれたままで、かといって衆議院で再議決すらできないこととなり、二院制がもたらす脳死状態がさらに進行するということだ。
本来は政治の空白をつくらないための知恵のはずの憲法の二院制が、この100年に一度の経済危機という重大局面で政治の機能麻痺を生み出すという、なんとも皮肉な状況なわけだ。
このような荒涼とした政治を心配する「憂国の士」達は、早くも次の一手に向けた「解決策」を模索し、その有力な選択肢として、自民・民主の大連立や、政界再編を思い描いている。
しかし、残念ながら、その思考の中では、当面の国会の機能不全をどう回避するかという弥縫(びほう)策としての視点ばかりが目につく。
今度の選挙は二大政党下での政権選択を掲げて総力戦を行うはずなのに、それが終わるとすぐに大連立では、投票した国民としては「いっぱい食わされた」気になってしまう。
天下の一大事にそんなことを言っている場合ではないだろうという人もいるが、あの大恐慌の時でさえ、フーバーとルーズベルトは、まさに政権選択を掲げて血みどろの総力戦を闘い抜いたわけだし、こういう危機だからこそ、今の政権のように「使い古した風船をさらに膨らませただけ」というやり方ではない、新しい「政治」を求めたいという国民の気持ちに応えることになるのだろうか。
数合わせの「政界再編」も、似たりよったりだ。
政界再編と言われても、何が再編の軸なのか、国民にはさっぱりわからない。
なので、郵政民営化で「やさぐれた」国民新党や、お縄になるという「非行」で勘当された新党大地など、自民党の子会社を再度「本社化」するとか、大臣のポストで民主党から「日和見派」をリクルートするとか、どうせまた、そんなところだろうと、冷めた見方をする人が多い。
鳩山総務大臣が、脇の甘い日本郵政の西川社長に因縁をつけながら郵政民営化の軌道修正を模索していることや、現政権が小泉改革の非人間性を印象付けるネガティブ・キャンペーンを張っていることなどは、そういう方向への道筋をつけるものなのだろう。
いずれも、今の国民の中にふつふつと湧き上がる二つの不満に、きちんと正面から応えるものになるのかどうか、大きなクエスチョンマークが付くものだ。
今の国民が感じている二つの不満、それは将来の生活への漠然とした不安感と、日本社会を芯から徐々に腐らせつつある閉塞感だ。
この不安感と閉塞感にきちんと応えた「未来実現図」を提示してくれる政党を求めているのだ。
政治に必要なのは「安定」だけではない。安定だけを求めるのは、現状に何も不満のない恵まれた人たちだけだ。
今の日本社会では、そんな恵まれた人ばかりではない。むしろ、多くの人たちは、今のままでは自分と自分以上に大事な家族の将来の生活を守ることすら、もはやできなくなるのではないかという、生きる意欲さえ萎えさせてしまうような不安を感じている。
その不安に応えてくれる「変化」もほしいのだ。
ビジョンも政策もない政界再編は、表面的には変化に見えるが、実のところ、「変えないための小手先のテクニック」であり、将来に不安を感じる国民の絶望をさらに深めるだけのものにしかならないだろう。
二大政党下での民主党の真の役割は、現状に満足した恵まれた「憂国の士」の甘言に惑わされることなく、国民のためのしっかりした選択肢として自らを確立していくことなのだろう。
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