時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


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 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
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政治の劇場主義が生み出すネットいなご・ねとうよ

2009年02月10日

 日本では、女子高生コンクリ詰め事件の犯人だと中傷した人たちが逮捕され、お隣の韓国では、あまりにも的確に経済を予測「し過ぎる」ミネルバが逮捕された。
 政権に不都合な書込みをするのは怪しからんと権力で抑える韓国のやり方よりはマシかもしれないが、所詮ネットの書込みごときで天下のケーサツが出てくるとは大人気ないという人もいる。

 世田谷一家四人惨殺事件や自分たちの親分が襲撃された警察庁長官狙撃事件の犯人に肉薄するどころか、まともな手掛かりすら見つけられない苛立ちをネットにぶつけただけだろうという人もいるが、秋葉原の無差別殺傷事件のように、ネットの書込みがリアルの犯罪につながる例もあるので、とりあえず何かしたというアリバイを作っておこうということだろう。
 このまま放置して、もし、スマイリーキクチさんが襲撃でもされると、桶川ストーカー殺人事件のように警察の責任が追及されることになっては困るのだろう。
 あるいは、韓国ではネットでの中傷を苦にして有名女優が自殺するし、日本でも学校裏サイトでのイジメを苦に自殺する子供たちが後を絶たない中で、「自殺白書」を所管する警察庁としても座視し続けるわけにはいかないという事情もあるのかもしれない。

 ネットでの「祭り」や「炎上」が話題になってから久しい。
 今では、何か燃える材料となる話題があると、わーっと群がってブログなどを食い荒らしていく人たちは「ネットいなご」と呼ばれ、それが嫌韓、嫌中というエセ思想の形をとると「ねとうよ(ネット右翼)」と呼ばれる。
 そして、そういう人達の培養施設が「2ちゃんねる」のような掲示板だと一般的に思われている。

 その2ちゃんねるの「政治板」と呼ばれるコーナーに、「改心した元ネット右翼集まれ、自己批判続けるぞ」というスレ(話題)がある。
 そこに今年の1月11日付けで投稿された内容は、ネットに過激な投稿をする人達の心理がいかんなく表現されていて興味深い。
 一部の方には不快な表現が含まれているが、ご了承をいただき、あえてそのまま再掲したい。

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34:零大帝:2009/01/11(日) 21:15:01 ID:HK3Gj1uE

俺もかつては,吉甲斐じみたネトウヨだった。反米・反中・反韓・ 障害者と部落民は大嫌いだったわ。
朝から夜まで事あるごとに憎んだ
四川省大地震はざまぁ見ろwと喜んだ
しかしそのなかには,頑張っている人がいる人と他人を差別して精神を安定している自分が憐れだと行為だと気付いてから,今はネトウヨをやめている(完全にネトウヨの思想を捨てた訳ではない。)
ネトウヨには何の得にはならない。
社会から孤立するだけだこの事に彼らは気付いているだろうか・・・・。俺も自分と常に闘っている。
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 何かと悪口を言われ、事実、ひどい書込みも数多くある2ちゃんねるだが、その一方で、こういう書込みもあるし、別の板では「派遣くびになた。人生おわた。」と嘆く者に、「おまいは、この俺様のひどさに比べればはるかにマシだ。がんがれ。」と励ましていたりする。
 そこには、世間の通りいっぺんの価値観からすれば理解できないかもしれないが、お互い名前も知らない人たちの間で、ある種の集団的学びのプロセスが機能しているようでもある。

 この書込みのように、ネットで暴れるうちに、やがてその無意味さに自ら気づくとか、他人の迷惑を顧みず騒音をまき散らしていた暴走族のにーちゃんが白バイに乗るようになって、「おまえら、もう、そんなつまらんこと、やめれ。」と「後輩たち」に意見する、そういう牧歌的な世界が、この日本にもまだ残っていると信じたい。

 「夜の校舎、窓ガラス、壊してまわった」と歌った尾崎豊を、非行を煽るものだと非難した教育者もいたが、学校で「上から目線」の先公から意見されるだけではどうしても学べないものもあるし、それを学ばせる多様な場所が、社会には必要な気がする。
 さまざまに「中傷」されるネットではあるが、この書込みに見られるように、ネットがそういう非正規の教育の場である面もあるのではないだろうか。

 その一方で、ネットが、やり場のない感情のはけ口になっている面があることは否定できないし、それを積極的に煽る人が往々にしてネットで強い影響力を持っていることも忘れてはならない。
 ブログで沢山のページビューを稼ぐ「手法」として、この手の「燃料投下」は以前から陰に陽に用いられてきたが、それは、手軽に憎悪できる「悪者」を用意してあげると、それに飛びつく人がウヨウヨいることを、みんなよく知っているからだ。

 しかし、わかりやすい「悪者」を用意してあげることで、やり場のない不満や怒りの「手軽な」はけ口を用意してやるという手法は、何もネットに限ったことではない。
 ワンフレーズ・ポリティクスの小泉流では、国民にわかりやすい「悪者」-少し婉曲に「抵抗勢力と呼んでいたが-を用意することで、政治は大いに盛り上がった。
 勧善懲悪の小泉政治劇場は大いにわいたが、多くの国民は、郵政を民営化することがなぜそこまで大事なのか、よくわからなかった。
 当時、閣議メンバーとして共同責任を負っていた現職総理ですら、その意味がよくわかっていなかったようだから、まして、そういう「特別の関係」にない一般の国民にわかるはずもない。

 しかし、そんなことは演劇を面白くする上では、「瑣末な」ことだった。
 わかりやすい悪役がいて、それを一緒になって叩くことで国民はスカっとしたのだ。
 時代が移り変わり、今度は当の小泉劇場の主役やプロデューサー達が、「手軽な」悪者になっているのは、皮肉と言えば皮肉だが、ある意味、自業自得なのだろう。
 しかし、構造改革といっては抵抗勢力を「悪者」にし、格差社会だといっては構造改革派を「悪者」にするというのでは、頭の構造は似たり寄ったりというところだろう。

 同じような構図は、公務員叩きもそうだし、かんぽの宿払下げ問題もそうだ。
「渡り」で何億も儲けているいるなんて、公務員の中のごく一部で、ほとんどの公務員はそんなこととはまったく無縁な存在だろう。
 それなのに、公務員がすべて悪人かのように十羽ひとからげにしてしまい、だらしない政治家を補ってしっかり仕事をしてもらわなければならないのに、公務員のモラルと質をますます下げることで一番損をするのは、いったい誰なのだろうか。
 それに、深夜残業の後に、小さな缶ビールをもらって「ありがとう。」と言って飲むということが、天下の大新聞が書き立てるほどほんとうに「あさましい」ことなのだろうか。

 「かんぽの宿」にしても、何が決定的に不公正だったのか、よくわからない。
 安い、安いというが、入札した人たちがそういう値付けをしていたのだし、最後に残った二社のうち一社はバカらしくなって辞退したというのに、何が不公正なのかきちんとした詰めもせずに、さもそれが不透明だと煽り書き立てる記者は、「ペンの責任」ということをどう考えているのだろうか。

 一部の特権的な人達が甘い汁を吸い続けることができる発展途上国のような仕組みをさっさと改めればいいだけのことなのに、どうして公務員全体を「悪者」にしたり、「かんぽの宿」に巣食う既得権益には目を向けず、売却が「不透明」だとナンクセをつけるかと言えば、それは、いつの世も、社会がわかりやすい「悪者」を必要としているからだ。
 そして、不満や怒りを手軽に向けることができる「悪者」を用意することで、政治的に、あるいは経済的にメリットを受ける人たちがいるからだろう。
 それは、ナチスがユダヤ人を「悪者」にしたのと、意図としては同じものだ。

 「ネットいなご」や「ねとうよ」は、社会に満ち満ちている、手軽な「悪者」を求めている人達の亜種に過ぎない。
 根は同じものだ。
 ネットでの過激な言論や攻撃を非難する大新聞や政治家たちも、実は同じように、手軽な「悪者」になる素材を常に探し求めている。
 それは、広く社会に充満する、「悪者」を求めるニーズが金になり、票になるからだ。

 ネットの掲示板やテレビで見たからといって、スマイリーキクチさんのことを女子高生コンクリ詰めの犯人として攻撃する人達や、ろくに韓国人や中国人と話したことさえないくせに、「あんな連中みんな死ねばいいんだ」とネットに書き込む人たちは、私たちのこの社会の中にある安易に「悪者」を求める心が、極端な形で反映されたものに過ぎない。
 そして、大衆の中にそういう欲求がある限り、それに応えることで利益を得ようとする人たちは必ず出てくるだろう。

 それがなぜいけないかといえば、きちんと目を向けるべきことから注意をそらすことで、人々を無知のままにしてしまうことだ。
 血が上った怒りからは何も生まれない。
 怒りをクールヘッドで翻訳しない限り、新しいこと、良いことは何も生み出されないからだ。
 なぜこんなことがまかり通るのだ、どこに問題があって、何を直さなければならないのか、ということにきちんと目を向け、議論をすると、世の中の様々な問題を単純に善悪に二分することができないということがわかるだろう。
 本来なら、そういう冷静さで世論をリードすべき自称クオリティ・ペーパーが、世論を追いかけるように迎合している様を見ると、タブロイド紙と全国紙の違いは、紙面の大きさだけだという気がしてくる。

 ブッシュ大統領は、テロリストは悪で、やっつけなければならないと言った。
 でも、イスラエル軍に息子を殺され、絶望した母親が爆弾を体に巻いてエルサレムに向かうのを、単に「悪者」と割り切れるのだろうか。
 大事なことは、どうしたらこういう際限のない悲劇を止めることができるのだろうかと問うことだろう。
 テロリストを「悪者」と切り捨て、あるいはイスラエル軍を「悪者」とレッテルを貼ることからは希望は生まれない。

 わかりやすいものには魅力がある。
 まして、それが憎める対象なら、なおさらのことだ。
 でも、そういうものに飛びつくような弱い社会であれば、それから利益を得ようとする人たちによって利用されることを防ぐことは難しい。
 それを防ぐ唯一の手段は、そう人たちが言うことに対して、「ちょっと待てよ…」と立ち止まって考えることができるように、私たち自身がなることだろう。


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