リストラ計画に抵抗しずらい参議院の辛い事情
2009年01月19日
野党に過半数を抑えられた参議院にことごとく行く手を阻まれることに業を煮やした自民党が、国会を一院制にすることを公約にするという。
その動機の不純さが誰の目にも明らかなときにこの話を持ち出すというのは、むしろこの話を完全につぶしてしまいたいという参議院側の高等戦術なのかと勘繰ってしまう。
もちろん、日本の国会が二院制でなければならない必然性はどこにもない。
確かに、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、それにイタリアやスペインなども二院制だ。
その一方で、すぐ近くを見れば、中国や北朝鮮、そしてモンゴルは一院制だ。さらに、キューバやイラン、リビアも、期待に背かず、一院制だ
もっとも、一院制だからといって、独裁主義になるという因果関係は証明されていない。
例えば、台湾の立法院は一院制だし、韓国も1961年から一院制だ。もっとも、韓国の場合は、第二共和制で二院制をとっていたものを、朴正熙らが軍事クーデターで倒した後に一院制にしているので、やっぱり一院制というのはなんとなく「難あり」な感じがしないでもない(笑)。
でも、決してそんな国ばかりというわけはなく、ヨーロッパらしい国でも、スウェーデンは1970年に、ポルトガルは1974年に、それぞれ二院制から一院制に移行しているし、アイスランドも1991年にそうしている。
近いところでは、ニュージーランドも1951年から一院制になった。
ただ、ざっと眺めてみると、やっぱり、一院制を取っている国は、議会が独裁者や党のご機嫌取りのためだけにあるような独裁主義の国家か、そうでなければ二つ持つことが贅沢に思えるくらい小さな国が多いように見えてしまうのは、もちろん、何の理論的裏付けもないただの「気のせい」だろう。
日本でも、日本の占領統治をしたGHQは一院制を主張していたようだが、それは、戦前の貴族院が非民主的な存在で日本の軍国主義化に手を貸したというのが理由だったのだろう。
しかし、戦前、日本がサインした軍縮条約が統帥権の侵犯に当たるとして非難し、権力争いの材料にしたため、結果として軍部の不可侵化に手を貸したのは、何を隠そう、「民主的」なはずの衆議院だったのだから、民主的に選ばれているというだけでは、必ずしも安心できない。
よく言われるように、ナチスの台頭が民主的なプロセスで進められたように、民主的に公選された国会だって往々にして暴走するし、その場合の代償も大きなものになる。
よく、「第二院は第一院と同じ意思決定をするのなら無駄である。また、異なる意思決定をするなら有害である」と言われる。
しかし、それは結果だけ見ているからそうなのであって、政治の大きな意味はその結果を生み出すプロセスがしっかりしているか、ということのはずだ。
だから、「同じ意思決定」をしたのなら、「そうか。第二院もそう考えているのか。じゃあ、大丈夫だろう。」という安心を得ることになるし、「異なる意思決定」をしたのであれば、「そうか、よくぞ衆議院の軽はずみを止めてくれた。」ということだってあるはずだ。
国家が一度暴走してしまうと、その代償は国民が何十年も背負わなければならないということを身をもって経験した日本国民にとって、参議院の存在は、暴走しやすい衆議院の「安全装置」みたいなところがあった。
ただ、何かと「参議院の独自性」をいう参議院は、戦後の日本政治で、国民の期待に応えてきたかと言えば、まったくの期待はずれだったとしか言いようがない。
公選だということでは「民主的」かもしれないが、結局のところ衆議院のカーボンコピーにしか見えないし、任期も6年と長く、解散もないという意味で、正当性ということでは質の悪いカーボンコピーだ。
参議院議員の地位が衆議院より安定しているのは、政争に明け暮れる衆議院の解散で権力の空白を作らないということのほかに、いつも目先の選挙にビクビクばかりしていないで、長期的に大所高所から議論をしてくれ、というのが憲法の趣旨なのだろうが、これまでの実績を見る限り、参議院がいてくれてよかったーと思った「実績」は、筆者には思い浮かばない。
ということで、「実績」のない者がリストラ計画に反対するのは、なかなか難しいだろう。
まあ、大方の日本人としては、「暴走の歴史」の衆議院だけにすべてを委ねるのはアブナすぎるし、かといって、今の参議院はまったくダメだ、というのが実感だろう。
かといって、たまたま野党に牛耳られている参議院が「わずい」というだけで、「参議院という抵抗勢力をつぶせ!」という、小泉流のワンフレーズポリティクスにはもう騙されないぞ、と思っている人も多いだろう。
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