不毛な「テロとの戦い」を支える無料給油所
2007年09月09日
インド洋上での無料ガソリン・スタンドは、もう十分やってきたのだから、そろそろ店じまいして、金の使い方としてはもっとも空しい軍事から、そろそろアフガニスタン国民の生活レベルの向上に直結する使い方に転換してもいいのではないだろうか、という民主党の主張には、民主党支持者ではなくても、それなりに考えさせるものがある。
「テロとの戦い」というフレーズが当たり前のように使われているが、実はその戦い方については、誤解があるように思う。
テロとの戦いは、抜本的にはテロリストを生み出している国々の政治体制を安定化させ、民生を立て直すことしかないことは、これまでの長い歴史を眺めればわかる。生まれつきのテロリストというのはいないのであって、独裁主義や圧制、民族の分裂からくる経済格差、貧困が普通の人間をテロリストに転換するのであり、この抜本的な対策を講じない限り、インド洋から日本の海上自衛隊ガソリン・ステーションで給油を受けた艦船から飛び立つ爆撃機でどれだけ大量の爆弾を投下しようと、最後の一人の国民まで「潜在的テロリスト」として殺し尽くすのでもなければ、テロとの戦争で勝つことはできないのだ。
テロとの戦いは、実はソフトな戦いであって、その国の歴史と文化に対する深い理解に裏打ちされた知恵のある政策が必要なのだ。西部劇のように銃器をぶっ放すだけでは、18世紀の西部でインデアン狩りはできても、現代の国際社会に巣食うテロリストは撲滅できないのだ。
事実、MENA諸国と言われる北アフリカから中東にかけてのいわゆるアラブ国に対する西欧の基本スタンスは、テロの温床となる政治体制と経済的貧困をターゲットにした政策をとっているのは、この点で正しいアプローチだ。
もっとも、差し迫ったテロ分子を叩く必要性は否定できないかもしれない。その意味で、9.11から続く一連の軍事行動は、イラク侵攻を除き、それなりの必要性はあったのかもしれない。でも、それがある程度進んだ段階からは、むしろ復興と政治・民生の安定により力を注ぐべきだったし、それこそが日本の国際貢献の道ではなかったのだろうか。
軍事は軍事の専門家に任せておけばいい。平和憲法を国是とする日本には、軍事国家と異なった働き方があっていいし、やることは山のようにあったし、今でもある。だから、ここでそろそろ日本は貢献の仕方を変えますと主張すること自体、きちんと国際社会に説明すれば、無責任なことでもなんでもない。もっとも、絶対服従の弟分と思っていたアメリカの共和党は「裏切られた」と思うかもしれないが、別に日米はヤクザ同盟じゃないのだし、民生は日本、軍事はアメリカという役割分担であっても、アメリカを支えることに違いはないはずだ。
こういうきちんとした議論もせずに、すぐさま内閣総辞職をちらつかせた(のかどうかは、この文面だけからはよくわからないが)ということであれば、残念ながら今の日本のリーダー達の政策脳はかなり退化しているような印象を受ける。
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| ■「給油継続」だめなら内閣総辞職も、首相が示唆(読売新聞 09月09日 17:42) |
「給油継続」だめなら内閣総辞職も、安倍首相が示唆
(読売新聞 - 09月09日 17:42)
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