時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


このページにつついて

 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
閲覧回数:193179
このブログを購読
作者のプロフィール

最近のエントリー

■一億人の白痴に二度敗北した菅総理のイライラ   (2010年07月14日)
■「もらえる者」と「もらえない者」に差別化される国民のうっ憤   (2010年06月18日)
■総理の大量消費によっても癒されない渇き   (2010年06月08日)
■内なるゴジラに破壊された銀座のシンボル   (2010年05月22日)
■へんくつ婆さんが首相に問う政治の責任   (2010年05月12日)
■ギリシア危機に見る日本の行く末   (2010年04月15日)
■ネットのフリー経済がもたらすビジネスの困惑   (2010年03月20日)
■歴史的に不毛な選択を国民に迫る政治の混迷   (2010年03月18日)
■基地問題にみるアメリカの永遠の占領政策   (2010年02月23日)
■だらしない国家観が阻む永住外国人の参政権   (2010年01月29日)
■民主主義の最後の免疫力   (2010年01月20日)
■ものわかりのいい大臣が許す組織のタガの緩み   (2010年01月14日)
■デフレ経済の出口   (2010年01月04日)
■日米密約文書調査が生んだ思わぬ成果   (2009年12月24日)
■ママ丸抱えの『超高級ニート』総理が危うくする日本の国益   (2009年12月21日)
■民主党政権の終わりの始まり   (2009年12月16日)
■民主党政権の最初の100日が残したもの   (2009年12月14日)
■女房に逃げられた自民党のその後   (2009年12月03日)
■事業仕分けが見せつけた国家の迷走   (2009年11月18日)
■臨時国会で見えてきた鳩山政権の放物線   (2009年11月11日)
■日本郵政の社長人事で垣間見える連立三党のビミョーな関係   (2009年10月22日)
■資本主義が生み出した深い闇-アメリカの医療制度   (2009年10月15日)
■「小沢式」スパルタ教育に震え上がる与野党のセンセーたち   (2009年10月06日)
■与党となった民主党が答えなければならない疑問   (2009年10月05日)
■民主主義を見殺しにする傍観者たち   (2009年10月01日)
■左手でムダ撲滅を掲げ、右手でキャバクラに税金を使う政治の「質」   (2009年09月30日)
■永田町攻防戦-これからの三つの見どころ   (2009年09月24日)
■小泉改革はなぜ地に堕ちたのか   (2009年09月10日)
■民主党の大勝後の各党の「戦後処理」~(その2)民主党編   (2009年09月01日)
■民主党の大勝後の各党の「戦後処理」~(その1)自民党編   (2009年08月31日)
■民主党政権の命運を握る3者の正体   (2009年08月24日)
■マニフェストにおける「目的」と「手段」   (2009年08月20日)
■戦う前から気になる自民党の「戦後」   (2009年08月20日)
■日本人を太平洋戦争に追いやった真犯人は誰だったのか   (2009年08月18日)
■私がiPodを買うのを辞めた理由   (2009年08月09日)
■国民の眠れる権利が覚醒するときの新聞の役割   (2009年08月08日)
■民主党マニフェストから奇妙に抜け落ちている視点   (2009年07月31日)
■マニフェストをめぐる財源論争に隠されたもの   (2009年07月28日)
■本当にぼったくっているのは誰なのか   (2009年07月23日)
■同時に進む二つの解散   (2009年07月19日)

死刑廃止論議の難しさ

2007年03月10日

 欧米の人と議論して日本の立場を説明するのが難しい話題として、捕鯨の次にくるのが、この死刑だ。

 ローマ教会が聖書の原典を改竄して、輪廻転生という概念をキリスト教から消し去ってしまったため、「罪」に対する究極の罰は、一回だけ「神」によって下されるべきであり、人間社会で死刑にして神の仕事を奪っちゃいかん、ということなのかどうか知らないが、人に「死」を下すというおこがましいことを人間はしてはいけない、みたいな妙な謙虚さがある。
 それに比べて、アジアの死刑は、「リセット」のような感覚があって、「次はちゃんとした奴に生まれてくるんだぞ。」みたいな潔さがある。
 まして、袴田事件のように、「裁判のときは無罪の心証だったんだよね〜。でも、つい・・・。」などとカジュアルに言われると、「死刑判決くらうなんて、ただの逆宝くじに当たるみたいなもんなんだねえ。」という気楽ささえ感じる。
 もちろん、実際はそんなことはないのであって、どんなに明白な事実関係で本人も認めている事件であっても、死刑判決を下さなければならない判事は、死刑にしなくてもいい理由を必死で探しまくるという。人に死を下すというのは、ことほど左様にキツイ仕事なのだろう。

 死刑廃止論を唱える人は、すぐにサッコ・バンゼッティ事件みたいなものを持ち出してくるし、それに反論する人は、オウムの松本死刑囚や、幼女誘拐殺人魔の宮崎死刑囚、池田小の事件とかを挙げ、いちいち裁判などというまどろっこしいことをしなければならないことがアホ臭く感じるような事件を持ち出してくる。
 女子高校生コンクリ詰め殺人事件という悪魔でも躊躇するようなことをした奴らが、今、平気な顔をして市民生活を営んで、ひょっとしたら mixiに入っていたりするかもしれないと思うと、もう少し思いきって死刑を活用してくださいよ、裁判官さん、と思っている人も多いんじゃないだろうか。

 このように、「人を殺す」という一言でくくれないほど、事件の悪質度、有罪判決の確実性がまちまちだし、死刑以外の刑は、結局のところみんなシャバに出てこれるという、刑罰の落差が大き過ぎるという事情があるために、一点の曇もなく悪魔な事件か、GHQのプレッシャーがある時代で、さっさと話を切り上げたい事情でもなければ、しばらく「在庫」として置いておく、みたいな運用がこれまでなされてきたし、それは、論理的ではないが、ある意味で日本的な、やむを得ない面があるのかもしれない。
 ただ、いつぞやの法務大臣みたいに、私の信条として死刑執行令書にサインしないとカッコつけてる奴がいたが、だったら法務大臣ポストを蹴って、死刑廃止の議員立法でもすればいいわけで、いいカッコするポストがほしいという卑しさを有権者に印象づけたみっともない話しだった。


関連ブログの登録は、私の記事への賛成、反対は一切問いませんが、次のようなものに限りお願いします。

  • 賛成、反対にかかわらず、論旨がはっきりしていて、この記事と読み比べる意味があるもの、
  • 偏見に基づく誹謗中傷を含むものでないもの、
  • 不穏当な言葉遣いを含むものでないもの、

なお、お互いの記事相互に行き来ができるように、こちらの記事へのリンクが貼られていると読者にとって便宜なので、可能な限り、この記事へのリンクを貼っていただくようにお願いします。

タイトル
投稿者名
本  文
HPのURL
※参考となるあなたのHPがあれば、該当箇所のURLを記入してください。