時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


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 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
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民主党の大勝後の各党の「戦後処理」~(その1)自民党編

2009年08月31日

308議席をもぎとり、民主党が大方の予想どおりの大勝利を収めた。
しかし、不思議なことに、この日本憲政史に残るような大勝利にもかかわらず、オバマ大統領が勝利したときのような熱狂はどこにもない。
むしろ、選挙後の日本は、静かな緊張が支配しているようだ。

 新聞という新聞が「「歴史的、歴史的」と囃し立てているが、有権者の気持ちは静かに冷めていて、新聞紙面のようなユーフォリアはまったくない。
 それは、今度の選挙があらかじめ決まっていたことを確認し、確定する儀式に過ぎず、選挙結果を見ても、「やっぱりね。」という以上の感慨が湧かないからだろう。

 しかし、それ以上に重要なことは、この選挙で、国民が民主党に期待し、民主党の政策を支持して投票したのではなく、なす術もなく打たれ続けるピッチャーに交代を命じて、次の控え選手を出しただけに過ぎないということだ。
 二番手ピッチャーを出したものの、過去最高の失業率、長引くであろう不況、財政崩壊の危機、目途の立たない年金再建など、敵は4番バッター級のスラッガーがひしめている。
 こんな強敵相手に、実戦経験のほとんどない控え選手で大丈夫なのだろうかと、国民は心配で、心配で仕方がないのだ。
 でも、この控え選手をマウンドに立たせたのは自分だ。
 試合に負ければ、それは監督としての自分の生活に跳ね返るだろう。
 とても、民主党が勝ったといって、浮かれる気分になどなれるはずがない。

 民衆の政治パワーは、「怒り」という形をとったときにもっとも強烈に炸裂する。
 今回は、まさにその「怒り」を民主党は「政権選択」という一点で集約し、得票に結びつけた。
 民主党は「政権選択」というが、実のところ、この「怒り」は自民党へのリコールであって、決して民主党を「選択」したのではない。
 これは民主党の勝利ではなく、自民党の敗北なのだ。
 他に適当なピッチャーがいないから、「民主党、お前、マウンドに立て。」と言っただけなのだ。

 今回の選挙の投票行動をこのように理解するとき、自民党、民主党の各党の宿題がはっきりする。

 まず、自民党についていえば、国民のリコールの理由を徹底的に総括し、新たな党として再生する以外に、再び国民の信任を得るのは難しい。
 そのリコールの理由は、族政治、派閥政治、利権、既得権益、金権、足して二で割る調整政治、二重権力構造、世襲に代表される「家制度」型政治など、自民党と聞けば湧いて出てくる「あのイメージ」である。
 官僚主導政治といわれるが、官僚たちは自民党の政治モデルに寄生し、業・政・官の鉄のトライアングルの中でその役割を果たし、恩恵を得ていたに過ぎない。
 根本原因は、自民党の政治モデルそのものだったのだ。

 自民党が自己変革することを難しくしているのは、新しい自民党となるために脱皮しなければならない政治モデルが、まさに戦後の日本の成長を支えた成長モデルだったということだろう。
 企業でもそうだが、過去の成長モデルを捨て去ることは、とても難しい。
 その結果、政治経済のリアリティーが根本から変わっているにもかかわらず、それに見合った自己変革ができないために、市場から姿を消してしまうのだ。
 自民党が、かつての社会党と同じ運命をたどるかどうかは、まさにこれから次の参議院選挙までの間に、どれだけ自己変革力を国民に示せるかにかかっているといえるだろう。

 しかし、自民党が強い保守政党として蘇るためには、それだけでは十分ではない。
 政権を奪い返すためには、過去の政治モデルから脱皮した上で、新たに自分たちを「再定義」できなければならない。

 来年の総選挙で政権与党に返り咲こうとしている英国の保守党も、同じ苦しみを味わった。
 保守党は、トニー・ブレア率いるニュー・レイバー(新・労働党)に政権を明け渡してから、新しい保守党とは何かという「自己再定義」の苦しみを味い続けたのだ。

 サッチャー改革がやっとその果実を生み出し始めた時、トニー・ブレアが新しい労働党をひっさげて政権を奪取した。
 そして、保守党のオハコだった民営化路線などを矢継ぎ早に繰り出したのだ。
 本来ならば自分たちが実行すべき政策を労働党にとられ、保守党は「自分たちは一体何をする党なのか」ということを自問し続けてきた。
 最近掲載された英エコノミスト誌の記事に、キャメロン党首の苦しみが述べられている。
 これと同じような苦しみを、新しい自民党を形づくっていく人たちは経験しなければならない。

 自己定義は、多くの場合、相手との関係で行われる。
 相手に欠けているものは何か、相手と自分はどう違うべきなのか、という問いから、自己定義は始まるのだ。
 そういう違いの中で、これからの日本が必要としているものは何かを問い続けることで、新たな自己定義が生まれる。

 それでは、自民党は何をする党として自分を再定義すべきなのだろうか。
 旦那衆の道楽のような自主憲法の制定や愛国心などで、国民が投票行動を左右するような呑気な時代は、もう来ないだろう。
 そんなものは、自分たちの暮らしの心配をする必要がなくなった後のことだ。

 国民の心配は、過去最悪を更新する雇用、年々下がり続ける所得、制度そのものが瀬戸際の年金、そして自分たちの子どもたちに残すことになる膨大な借金だ。
 これらの問題は、それぞれ別個に解決するというアプローチでは、いつまでたっても解決しない。根っこは同じなのだから、同時に解決を目指す以外にないのだ。
 その処方箋の中心は明確だ。
 政府の力を必要としない、自立した強い経済を生み出すこと以外にない。

 しかし、これは受験勉強のように根気のいることだ。
 国民にとっては、辛く、苦しいことだろう。
 何度も厭になって、投げ出したくなるに違いない。今回の選挙のように、わずか4年足らずで小泉改革に不満をぶちまけたように。

 しかし、その度に、やっぱりただ楽をするだけでは何も良くならないことに気づくだろう。
 そうして、しぶしぶ、再び努力を始めるのだ
 そんな国民の努力を、新たな自己定義を成し遂げた自民党の政策プログラムが激励し、支えていかなければならない。

 マウンドに立たされた民主党は、本心では敵チームの強打力に膝が震えている。
 実際、民主党の「持ち玉」で、次々にバッターボックスに現れる難題を打ってとり、この難局を抑えることはできないだろう。
 なぜならば、これから日本というチームが直面する問題の根源は、「経済」だからだ。
 そこにズバッと目のさめるような早い玉を投げられる投手が必要なのだ。

 控えに下がった自民党に、再び監督から「お呼び」がかかるのは、そんなに遠い将来ではないかもしれない。
 それまでの間、自民党は、ブルペンで一生懸命、切磋琢磨しなければならない。
 今回の選挙期間中に民主党に対するネガティヴ・キャンペーンで国民の冷笑と失望を買ったような真似を繰り返してはいけない。
 そんなことで一票を投じるほど、国民はもうバカではないのだ。
 それよりも、この難局を抑えるために必要な玉を投げることができるように、一生懸命、ブルペンで練習に励み、汗をかかなければならない。
 過去の栄光ばかり鼻にかけ、腹ばかり出ていて真面目に練習をしようとしなかった「元」大投手が、大リーグに挑戦しようとしたものの結局モノにはならず姿を消したようなハメにならないためにも、まずはブヨブヨの体を自己改造することからはじめよう。

 強いリーダーシップとスマートな政策力を発揮できる政党として蘇るために、自分たちはどう自己変革するのか。
 そのメッセージを来年の参議院選挙までに示すことができるのかどうか。
 自民党がかつての社会党のように消えゆくのか、それとも二大政党制のもう一方の選択肢として力強く生き続けるのかは、そこが最初のハードルとなるのだろう。


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