時の記憶

時代の記憶として残したいニュースの勝手な論評です。


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 メインストリームのニュースから少し外れたところにこそ、えてして時代の真実が隠されています…などと、たいそうなことを言うつもりはありません。
 でも、ちょっとしたニュースに何を感じ、何を考えたかを残すことで、自分の人生の軌跡みたいなものを残せないかな~と感じています。
 なので、私小説的な時事論評として読んでいただければと思います。
 もちろん、感想は下の「作者にメール」でお寄せください。
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■「いまさら解散」の予告の次に来る各党マニフェストの見比べ方   (2009年07月15日)
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「いまさら解散」の予告の次に来る各党マニフェストの見比べ方

2009年07月15日

 最近は、テレビ番組のように衆議院解散まで予告されるようになったのかと驚かされるが、死んだ人間の首を絞めるような解散を、そもそも「自ら解散」とよべるのだろうか。 ただ、投票率を少しでも低くして自公に有利になるようにと、憲法が規定する40日という制限を目いっぱい使って夏休み最後の日曜日を投票日にするあたりに、麻生総理の(猿)知恵の使い方が現れていて、国民も安く見られたものだなーと、ちょっとムッとしているのは、私だけではないだろう。
 それよりも、待ちに待った放映がやっと予告された特別番組が、国民の期待どおり内容の濃いものになるように、各党は速やかにマニフェストを明らかにし、国民の前で開かれた政策議論を開始すべきだ。

 自民党と民主党の政策の違いは何か、と問われて即答できる人は少ない。
 「結局、自民と民主って一文字しか違わないじゃん。」と、地酒の味の違いくらいにしか違わないと思われてきた。
 しかし、国会論戦や、メディアでの討論を経る中で、両党の政策の方向性の決定的な違いが、おぼろげながら見えてくるようになった。
 今後は、自民、民主の双方が、相手との違いを通じて、自民党とは何か、民主党とは何かという内省を深め、自分たちが目指すべき方向性を明確化し、総選挙の論戦の中で私たちにわかりやすく提示してほしいものだ。

 そのような「対立軸」の一つとして、第二回目の党首討論の中で鳩山代表が繰り返していた「コンクリートの山に投資するのではなく、私たちは人に投資するのだ」という切り口がある。
 これは、イギリスでもアメリカでも常に議論になる切り口であり、その時々の政権の行方を決めてきた対立軸だった。
 コンクリートと人という、いかにも民主党に都合のいい、ミスリーディングな対比をやめるとすれば、それはサプライ・サイドの政策とディマンド・サイドの政策のどちらに比重を置くのか、ということだろう。

 戦後、傾斜生産方式で日本の産業を蘇らせ、それを国民所得の倍々ゲームにつなげていった政策は、サプライサイドの政策の成功例だし、レーガンやサッチャーの政策も基本的にサプライサイドを重視した政策だった。
 その一方で、低所得階層を支持基盤に持つ政党、例えば伝統的な英国・労働党やアメリカ・民主党などは、ディマンド・サイドを重視してきた。

 アフリカなどへの経済支援に関して、「真の経済支援とは、魚を与えることではなく、魚の釣り方を教えることだ。」とよく言われるが、それは、国を豊かにする政策一般についても言えることだ。
 国民から集めた税金をばら撒くだけでは、国全体として豊かになることはない。
 国を豊かにするサプライ・サイドが力をつけ、競争に打ち克って富を生み出し、国として豊かにならないかぎり、国内で配分すべき富がないからだ。
 その意味で、戦後日本のように、戦争によって崩壊した産業を立て直すためにサプライ・サイドの政策をとったことは、方向として間違ってはいなかった。

 問題は、55年体制の確立後、細川・羽田政権を除いてほとんど自民党が一貫してこのような政策を取り続けてきたために、今の日本の閉塞状況の根源ともなっている産・官・学の鉄のトライアングルを生み出してしまったということだ。
 そして、その中心にあるのが、もちろん政治だ。
 業界にも、政治にも、行政にも、あろうことかマスコミにも「秩序」という名の「掟」が形成され、それに縛られることと引き換えに参加資格が与えられるという体制で覆い尽くされている。

 サプライ・サイド重視の政策とは、サプライ・サイド、つまり業界を通じてお金が流れるということであり、それが戦後一貫して行われてきたということは、右心房に入ってきた血が左心室から出ていくように、「それ以外あり得ない」秩序を形作ってきた。
 そして、心臓の各室の間を仕切る人たちが「弁」になって血流をコントロールすることで利益を得る仕組みが作られてきたということだ。

 このような仕組みが、戦後ずっと続けられることで、どうも弁の働きが悪くなり、最後の左心室を出る頃にはどういうわけか血の量が減ってしまい、体に行きわたる血の量が少なくなっていて、国全体の体力が低下しているというのが、今の日本の状況なのだろう。

 民主党が主張する官僚主導政治の打破も、このような文脈で理解すべきだ。
 業界に対応する形で省庁の官僚組織が作られ、それに呼応する形で自民党の部会が存在する。
 ある業界へ回る金が減らされようとすると、自民党の部会に集まった先生方が関係省庁の役人の尻を叩き、はっぱをかけ、大運動を展開する。
 業界-役所-族議員のグループが軍団を形成し、各軍団の勢力拡張闘争で働きのいい役人が有力政治家の後ろ盾で上のポストを与えられ、政治家は党の要職を得るという共存共栄の関係が形成された。
 官僚主導政治というが、その実は政官業共栄圏だったのだ。
 その結果、族あって党なし、省庁あって国なし、という構造が生まれてしまった。

 そうやって、長い間、サプライ・サイド重視の政策が続けられることで、逆に、それに依存する業界ばかり増えてしまった。
 政府の規制や補助金がビジネスモデルに組み込まれてしまい、グローバル市場の荒波で戦っていけないような企業ばかりが増えている。
 サプライ・サイドの政策ばかり続けるうちに、サプライ・サイド自体が、自助努力で効率性を高め、体力を強化することを怠るようになり、政府頼みの肥満体質になってしまったのだ。
 これ以上食べ物を与えても、贅肉に化けるだけで、筋肉の強化につながらないだろう。
 むしろ、血流自体を変えて、細胞自体を活性化させるべきだ、というのが民主党の考え方だ。

 この辺りで、政策資金の流れを変えてみようという民主党の方向性は、至極もっともなことだ。
 政策資金の流れが変わることで、それに呼応して、政治や社会のリ・アラインメント(再配置)が起こり、日本社会の基礎代謝を低下させていたアンシャン・レジーム(旧秩序)が崩壊するだろう。
 そして、その過程で、官僚主導政治の打破や、利益誘導型政治が終わりを遂げるだろう、という狙いは、決して間違ってはいない。

 民主党の掲げる政策は、とかく「バラマキ」だと非難される。
 きちんと財源を用意できるのかどうかという点は詰める必要があるが、民主党の公約が一見してバラマキに見えるのは、これまでのようなサプライ・サイドからディマンド・サイドへと金の流れを大幅に変える以上、仕方のないことだ。
 むしろ、それ以上の金がこれまで別のルートでサプライ・サイドに流し続けられてきたのだ。

 ただ、民主党の政策にも落とし穴がある。
 民主党が掲げる政策、つまりディマンド・サイドの政策も、同じことを長く続けていれば、やがて自民党政治のように限界が訪れる。
 「ただ配る政治」では富の創出につながらないので、こんな経済状況の中では、限界はもっと早く訪れるだろう。
 それに、配ってもらっている人たちは、それを既得権と思い、いざ打ち切ろうとしてもなかなか手放さないだろう。
 間接的にもらうより、直接配られる方が、人々の執着も強い。
 そうこうするうちに、本当に必要な人には金が配られず、必要でない人にとって濡れ手に粟のムダ金になるかもしれない。
 農家への個別補償などは、その最たるものだろう
 そのため、サプライ・サイドの政策をとろうとしても、今度は財源を手当てすることができなくなる。

 イギリスもアメリカも、そうやって、にっちもさっちも行かなくなったときに、政権が代わって、政策をリセットしてきた。
 おそらく日本もそうなるのだろう。
 その時に、自民党が、これまでのような癒着にまみれたサプライ・サイド政策ではない、クリーンで効率的なサプライ・サイド政策を提示することができるのかが、保守政党としての力の見せ所だろう。
 今度の選挙を前に、選挙民の歓心を買おうと悪あがきをして、自分たちが何を目指しているのか、どこに向かおうとしているのかわからないような、寄せ集めのマニフェストを苦しまぎれに作るのではなく、保守本流に立ち返った政策プログラムを掲げて、堂々と戦うべきだ。
 その場合、自分たちがどう変わるのか、政治と行政のシステムをどう変えるつもりなのかを、党として一致して示せるかどうかがカギだ。

 その意味で、今度の自民党マニフェストの見所は、自分たちの過去とどう決別するのかということを、自民党が一致団結して、はっきりと世の中に宣言できるかどうかが一番のポイントだ。
 それが示せれば、自民党の支持者は、「情けない総裁」にもかかわらず将来を期待して支持し続けるだろうし、反対に、分裂してゴタゴタを続け、党として一致した意志すら示すことができなければ、これまでの支持者からも完全に見放されてしまうだろう。
 それは、単に次の総選挙で負けて下野するどころでは済まない、まさに解党的な危機となるだろう。
 そして、10年後くらいに、「自民党と社会党?懐かしいねー。冷戦時代のちょっと後まで、そういう政党があったんだよねー。」などと、酒を飲みながらの話題に上るだけの政党になるかもしれない。


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