絶対作らせないと息巻いた道路を無理やり作らせる評論家副知事
2009年07月14日
賢い支出(wise spending)のキャッチフレーズとは正反対の愚かな支出(stupid spending)のカタログのような経済危機対策。117億円を投じて建設される国立マンガ喫茶こと国立メディア芸術総合センターはその象徴とも言うべきものだが、その130倍もの値段の東京外環道の建設にゴーサインが出た。
しかも、その建設をゴリ押ししたのが、「道路の権力」という本を書き、道路公団民営化推進委員会で、これ以上高速道路は1ミリも作らせないぞと体をはっていた猪瀬直樹氏が副知事をつとめる東京都だというのだから、その見事なご都合主義に、これまで声援を送った多くの人が唖然としている。
他の地方公共団体のよだれが止まらないほどの法人税収を東京都がウハウハ稼げるのは、東京都に企業の本社が集中しているからだが、それは決して、東京都がこれまで一生懸命努力をして企業誘致をした賜物でもなんでもない。ましてや、パリのノートルダム寺院をぱくったような都庁があるからでもない。
それはひとえに、そこが日本の首都だからだ。
そして、後藤新平の帝都復興以来、東京都のインフラには湯水のように国の金が投じられてきた。
アジアで最初のオリンピックのために他をさておいても東京のインフラを整備したし、世界銀行の融資を受けてまで都市高速を作ったのも東京だ。
そうやって、国際都市に成長した東京だからこそ、今のようにグローバル企業の本社がひしめくまでになったのだ。
なので、銀行ごっこに400億円以上も浪費をし、バブル期に海辺で不動産屋ごっこやイベント屋ごっこをしようとして大金をすったりしても、大して気にもとめなくてもいいくらいの財政力は、決して東京都の自助努力などではない。
多くの地方が、一生懸命に企業誘致をしてもなかなか企業は来てくれず、グローバル化のあおりで地元産業が衰退の一途をたどり、このままでは県民が干からびてしまうと悲鳴を上げている中で、東京都の税収5兆5千億円のうち、3千2百億円(5.8%)ほどを地方に分けてやってもらえないかと国が頼んだところ、「じゃあ、その見返りに」とばかり、総工費1兆5200億円もの外環道の建設を国にのませたということらしい。
知事の息子が自民党の幹事長代理をしているからといって、あまりにも身勝手な話ではないだろうか。
その辺りの事情を伝える「世界」2009年8月号は、道路特集を組んでいるが、その座談会の中にも、寄稿者の中にも、道路民営化推進委員会で世間の喝采を背に辣腕をふるっていた猪瀬直樹氏の名前はない。
いまだに1時間以内で高速道路にたどり着けない地域が広がる宮崎県民の罵声を浴びてもなお、これ以上の高速道路は1ミリも必要ないと息巻いていたその人が副知事を務める東京都で、もうこれで打ち止めだとされていた9342kmの整備計画の枠外で、1メートル作るのに1億円かかると言われる高速道路を作ることを国にゴリ押しする。
口先三寸でなんぼの評論家ならばそれでも一向に構わないが、わずか7人でこれからの高速道路建設のあり方を決める政府の重要な委員会の委員であり、また、1200万人に対して責任を負う副知事という公職にある人が、舌の根も乾かないうちに裏表のことをしても恥じないのは、さすがだと感心させられる。
この程度の矛盾で動揺するくらいでは、権力に挑戦する資格はないということだろう。
「新・黒船の世紀」(NTT出版)の中で、猪瀬直樹氏は、「いわゆる地域間格差というのは、本当に根拠のあるものかということです。」と述べ(p.112)、その「証拠」として、日本の公債残高800兆円のうち、地方債が200兆円を占めていることを上げ、「それだけ日本の地方は資本投入されているということです。」と言っている。
国と同じく地方もたっぷり借金漬けになっていることが、どうして地域間格差が幻想だということの証明になるのか、さっぱりわからないが、日本の地域間格差は、たまたま金持ちに生まれた東京都と、貧しい家庭に生まれたその他の地方との間の財政力の格差をどうすべきかという問題なのだ。
東京都が「国の」首都であることで恵まれた財政力を持っているのであれば、そういう地位に恵まれていない他の公共団体との間で、財政力をきちんと平準化すべきであって、自分の恵まれ過ぎた立場を棚に上げて、他の恵まれない公共団体に対して「自助努力」を説くのは、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったマリー・アントワネット並みに「空気を読めない」人なのだろう。
苦しい地方の代表ともいうべき島根県や岩手県、そして破綻してしまった夕張市を立て直そうと頑張る首長が説く地方分権や地方財政力の強化には説得力がある。
しかし、自分の努力でもなんでもない財政力の上に安穏として「東京は別なのよ」とうそぶく評論家副知事の説く地方分権ほど胡散臭いものはない。
挙句の果てに、あれほど絶対に作らせないと叫びつづけていた高速道路の中でもとびきり値の張る高速道路を、しかもゴリ押しして国に作らせるというのでは、「余の辞書に『責任』という言葉はない。」ということなのだろう。
本当に自らの主張を世に問いたければ、都の職員を夕張市に派遣するなどという姑息な手段ではなく、自らが夕張市長になって汗をかき、「道路などいらない。国の関与は受け付けないかわりに、国の支援もいらない」といって、自らの地方分権論を実践してみせるくらいのことをすべきだろう。
恵まれすぎた東京にいて「霞が関解体」だの、「地方政府の自立」だのを主張するのは、金の心配のいらないドラ息子が、親にたっぷりたかっていながら、「親なんかうぜー」と言っているのと同じくらいあさましい姿だ。
人間としての猪瀬直樹氏の言葉がどれほどの重みのあるものなのか、これからきちんと私たちに見せてくれるのだろうか。
それとも、「所詮、評論家稼業というのは、こういうものよ。」と爪楊枝をくわえてニヒルに笑うだけなのだろうか。
多くの人が、猪瀬氏の発言に注目している。
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