砂山くずしのような景気対策
2008年12月21日
金利の0.1%への引下げを発表する日銀の白川総裁の表情がさえない。
もともと表情豊かなコミュニケーターではないので、表情がさえないことに特別の意味はないのかもしれないが、いつにもましてさえないように見えるのは、筆者の気のせいだろうか(笑)。
バブル崩壊後の景気低迷で、ゼロ金利どころか量的緩和までやって、既に金融政策を使い果たしたところに、また、「この一大事に何とかしろ。」と言われて悩む姿は、酒ばかり飲んで働かない暴力オヤジのために家計がすっからかんになったところに、さらに「酒を買ってこい」と怒鳴られているようなものだ。
お隣のアメリカ家の方が、ゼロ金利、量的緩和と、思い切ったことを毅然とした態度でやっているので、おい、日本はどうした、という大合唱の前に、何もしないわけにはいかない。
それに、他の国が緩和策を繰り出してくるときに、日本が何もしないと円が切り上がって、輸出企業が価格競争で負けて、モノが売れなくなり、一人負けすることになって、さらに景気が悪化する。
かといって、そもそも金利なんか動かせる幅はないし、さらに量的緩和といって、タチの悪い債券を買い込んでコゲ付けば、既に倒産が続出している銀行のように、日銀自体が倒産するかもしれない。
もっとも、日銀はお札を刷れるので、実際のところは倒産することはないが、そのかわり、日銀が刷るお札が紙くずになるということだろう。それは、とりもなおさず、円の価値が崩壊することだ。
一方、財政の方は威勢がいい。
選挙を目前にして、大盤振る舞いが続く。
2009年度予算では、さっさと新規国債30兆円などという目の上のタンコブみたいな枠をとっぱらい、財政再建を棚上げしてしまった。
税収見込みの46兆円とその他収入の9兆円を加えて、55兆円しか収入力がないところに、一般歳出51兆円、地方交付税などで17兆円の68兆円にもなる。国債関係をさっぴくと、単純に考えて、13兆円くらいの収入不足ということになる。率で言えば、2割近くになる。
これは、月収50万円の家計が、毎月10万円の借金を続けているのと同じだ。
これに加えて、景気対策の二次補正予算分が加わるわけだ。
もちろん、景気が悪化しているときに政府が財布の紐を締めることがあっては、喘息患者の首を絞めているようなものだろう。
そんなことをすれば、税収そのものが減って、さらに財政が悪化することになり、元も子もなくなる。
その一方で、GDPの160%を超える借金が、国と地方とで積み上がっている。これに社会保障も加えれば、181%になる。
これが、アメリカは63%、英国は48%、フランス73%、あのイタリアでさえ(失礼!)116%だから、ヨーロッパの劣等性のはるか後塵を拝して、砂埃さえ飛んでこないくらい後にいる。(数字は、東京新聞2008-12-14)
こういう状況に対して、「そんな数字、いちいち気にすんなよ。」という楽観論がある。
その第一が、国は永続的なものなので、家計の借金のようにある時までに完済するという前提になる必要はない、というのがそれだ。
期限が来れば、また同じ額だけ借金して、永遠に借り替えていけばいいではないか、というものだ。
まあ、なんとなくもっともらしい。
でも、これだけの巨額の借金を、日本経済全体がいつまで支えることができるか、ということが問題だ。
これまでは、政府を信用しない日本人の高い貯蓄率のおかけもあり、1500兆円を超える金融資産を家計部門が持つなど、日本経済は、政府部門の借金を支えることができた。
これが、高齢化社会が本格化する中で、今後は、これまでのような貯蓄率を続けることができず、貯金の取崩しが経済全体で本格化する。
となると、これまでのように経済全体で、政府部門の借金を支えることが難しくなるだろう。
そんな中にあって、2011年までに収入と支出を基本的に見合ったものにしようという計画が、景気対策のためとはいえ、頓挫することによって、垂れ流す借金がさらに増えることになる。
また、これまで日本は、見かけの借金の大きさに比べて、借金にかかる費用、つまり金利の支払いが比較的少なかった。
OECDの数字(2005)によれば、日本の政府部門の利払い費のGDPに対する比率は、1.7%で、イタリアの4.3%はもちろん(失礼!)、フランス(2.5%)、イギリス(2%)やアメリカの1.9%よりも少なかった。
要は、借金は大きくても、実質的な影響は大したことないじゃないか、というわけである。
しかし、これとて、バブル崩壊後のゼロ金利政策を延々と続けたから、ほとんど金利を払わずに借金できたわけで、金利が1、2%上がっただけで、財政は見るも無残に破綻するだろう。
他の国もしばらくは不況が続くだろうから、しばらくは日本の金利もゼロが続くので、その間だけはいいかもしれない。
でも、いったん景気が上を向き始め、世界的に資金需要が上を向き始め、金利がジリジリと上がり始めたときに、今の日本の借金体質がそのままだったとすれば、そのときは国全体が夕張市のようになることを覚悟しなければならない。
バブル崩壊後の失われた20年近くの間に、日本の財政と金融政策は、すでにその体力のほとんどを消耗してしまっている。
その骨と皮だけになった体に、今度のサブプライム恐慌に対応するために、さらに鞭打とうとしているのだ。
鞭打ち過ぎて、ほんとうに死んでしまうのではないかと心配しているから、冒頭の白川総裁の表情は、いつにもましてさえないのではないだろうか。
それに、白川総裁本人がまさか自分が総裁になるはずがないと思っていたところに、民主党のゴタゴタで総裁になり、そんな大変な判断をする気持ちの準備もできていないかもしれない。
しかも、そんな重みを、日銀総裁として一人で背負わなければいけないというのも、大変辛いことだろう。
それに引き換え、財政破綻スレスレのところで大盤振る舞いをしている政治家の方は、結局、誰が最終的な責任をとっているのかさえはっきりしないくらいの無責任体制なので、忘年会シーズンの居酒屋のように大声を上げ、たいそう威勢がいい。
そんな、責任体制の違いも、白川総裁の頭痛をひどくする理由なのかもしれない。
| ■09年度予算・財務省原案 - 景気重視、歳出最大に |
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