妊婦のたらい回しが象徴する政治の貧困
2008年12月16日
10月に、脳出血を起こした妊婦が都内八か所の病院に受入れを「拒否」されて亡くなった。
少子化対策として子供手当てをばら撒こうとする一方で、救急車で運ばれた妊婦が病院の門さえくぐらせてもらえず死んでいく、それが日本の悲しい現実だ。
もっとも、東京都の墨東病院のように急患の妊婦を受け入れなかった病院を、世論を煽ってなんぼのマスコミは、「受入れ拒否」と非難がましく書き立てるが、その実態は、「とても受け入れる状況になかった」ということのようだ。
日本の産婦人科医の数は約1万人で、ここ10年で1割減ったそうだ(毎日フォーラム2008年12月号)。
それでも、東京都は、比率でみて全国平均の約1.4倍の産科医がいるし、ハイリスクな妊婦・新生児を診るための総合周産期センターも、全国の75施設のうち9施設が都内にあって、「恵まれている」方らしい。
ところが、この9施設のうち7施設は東京23区の中の、しかも比較的に豊かな人達が多い西半分に偏在している。
その結果、残りのすべての地域をたった2つ、すなわち、東部は今回問題となった墨東病院、多摩地区には三鷹にある杏林大病院しかない。
しかも、墨東病院のような都立病院は、それでなくても給料が安いところに、大学病院では認められているアルバイトもダメということで、勤務医の人気は低い。その上、最近では、大学病院が、自分のところの研修医不足のため、公立病院に派遣していた医師を引き上げているというのだから、たまったものではない。
結局、渦中の墨東病院は、今年の一月には定員9人の常勤産科医が、定員の半分にも満たない4人になってしまっていた。
そういう中で今回の一件が起きたわけで、墨東病院だけを責めるのは酷であるだけではなく、見当違いでもある。
むしろ、妊婦が死ぬ事態になるまで、このような状況を放置していた都と国の行政責任が重い。
ヒタヒタと近づく選挙を前に、この問題が「政治問題化」することを恐れたのだろうか、都と国は、それなりに「動いた」。
都は、急遽、墨東病院に休日当直の当番を置くという、どうみても場当たり的な対応を決めたし、厚労省はITを活用した情報共有システムを開発するという、これまた、いつのことになるのかさえわからないような話を決めた。
「やれやれ」と、溜息をもらしたのは、私だけではないだろう。
来年度から医学部の定員増を始めても、その効果が出るのに10年かかるという。
ならば、なぜ、10年前に、それをしなかったのだろうか。
いつもいつも、誰かが死なないと、政治も行政も真面目に動こうとしない。本当は、死ななくてもいいようにするのが政治と行政の仕事なのだろうが。
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