被支配者根性から抜け切れない日本国民
2007年03月06日
四千年の歴史はないにしても、たいていのヨーロッパの国々よりも長い日本の歴史の中で、自分たちの意思で国を統治しているなんて経験はごくわずかの期間しかないから、無理もない。
だから、「民主国家なんですから、この統治機構はすべてあなた方の意思に基づくものなのですよ。自分自身は私腹を肥やすために悪事の限りを尽くしてお縄になっていながら、公人である友達と暴力団の関係を報道するという当たり前のことがされただけでケーサツのリークだと一人で騒いでいるあの政治家も、ほら、あそこの机でお茶をすすりながら新聞を読んでひがら過ごすあの給料ドロボーも。みーんな、皆さんが選んだ(直接的にせよ、間接的にせよ)人たちなんですよ。」と言われると、「へっ?」ということになる。
俺たちに公共サービスを提供する公務員は、こういう人間がほしいんだ、という「使用者」としての視点で議論できる日本人が少ないのは、彼らの頭の中では「戦前」が終わっていないからだ。まあ、せいぜい、「汝臣民」の「反抗期」くらいでしかない。
そういう人たちには、ジャングルに何十年も隠れていた旧日本兵に対して呼びかけるように、「みなさん、もう、戦争は終わりました。今度は、皆さんが統治する側なんですよ。」と、呼びかけなければならない。
いったいわれわれ日本人には、どういう公務員がいるのか、それともそもそも、そんなものはいらないと言い張って、自分たちだけでやっていくと言うのか。「統治者」として考えてみるべきじゃないのか。
公務員に能力なんていらない。ただ、政治家にプログラムされる機械のように動けばいいんだ、とアメリカ的に言うのか、ちょっと前のイギリスの公務員のように、数年ごとにコロコロ交代する政権にとらわれることなく、「女王(のもとにいる国民)に仕える公僕」としての自負とプライドを持った有能な執事がほしいのか。
なんの定見もなく雇うだけ雇って、バカだ、ドロボーだとこきおろすのを楽しんでいるだけでは、あまりにも不毛だ。
バカな社員はさっさと首を切り、有能でやる気のある社員はきちんと処遇するという当たり前のことができない会社はみんなつぶれる。バカな社員を雇い続けて、バカだ、クソだと罵倒することを楽しんでいる暇があったら、もっと有能な人間を雇う努力をすべきじゃないかな。
今、先進国はどこも、有能な公務員を確保することに苦労している。業界での生き残りをかけた企業は、本当の意味での人材を確保するためには、金に糸目をつけない。有能でない経営者一代で会社が傾くということを知るには、一夜にしてiPodに市場をさらわれた某日本企業を見ればよい。
霞ヶ関でも、選択的な人材流出が既に顕在化しつつある。もっとも、残っている人はみんなカスだというわけではないが(笑)。
組織というのは、どこでもそうだが、人材を確保する努力を怠ると、そのツケはしばらく時間を置いて、ボディーブローのように効いてくる。
天下りの議論を通じて、ぜひ、そういう「使用者」としての議論ができるメンタリティに、統治者としての国民がなってほしいと思う。
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